第152話 ルーベルシー


 ランズフェローというのは、セルリカなんかに比較するとはるかに小国で、十二州しかない。

 隣国のセルリカは四十五州(郡)もあるわけだから、比べるのもばかばかしい差である。


「でぇ~、州ごとに領主がいるんだけどぉ。大名って呼ばれてるのぉ」


 街道を歩きながらサリエリが説明してくれる。

 そして大名を束ねるのが帝という位にある人で、これが王様らしい。


「帝が治めてるなら王国じゃなくて帝国って気がするけどな」

「そこがけっこう複雑でねぇ。帝にはあんまり権力がないんだってぇ」


 ほとんどは十二人の大名の合議によって国の指針が決まる。

 より正確には、大名たちの中でもとくに強い力をもつ三人のメジャー大名によって治められているというのが実情なんだそうだ。


 内乱が終結してそういうシステムになったとき、ときの帝が「我が国はもう帝国はいえぬ」と発言して、ランズフェロー王国って称するようになった。


「これが三百年くらい前の話ぃ」

「ふぅむ」


 概論を聴いただけだが、不安定な支配構造だなってのはすぐに判る。

 三人のメジャー大名とやらが角を突きあわせている姿しか想像できないよ。で、そのパワーゲームの結果が国政に反映される、と。


 いまだに大陸公用語が通じないのも、マスル王国との国交が結ばれないのも、そのあたりに原因がありそうだ。

 なんとなく、軍の作戦行動を多数決で決めるような、そんなばかばかしさを感じる。


「基本的に閉鎖的でぇ。偏屈な連中ばっかりだよぉ」

「やけに評価が悪いな。サリエリ。お前さんらしくもない」

「様式美としてぇ」


 のへーっと笑う。

 目的であるルーベルシーという街には、エルフが多く住んでいるらしい。


「エルフとダークエルフは仲が悪いって設定だからぁ」

「設定いうな」


 すごい大昔にいろいろあったんだそうである。

 千年前とか二千年前ね。


 さすがにそんなに昔だと憶えている人なんかいないし、長命種のマスル人だって若い世代は昔のことを引きずるなよって気風の人が増えている。

 魔王イングラルがそういう考え方だから。


「ちなみにぃ。エルフとドワーフも仲が悪いって設定なんだよぉ」

「もうええっちゅうねん」


 それだとエルフって全方向と仲悪いじゃん。どんだけ嫌われてるんだよ。





 ルーベルシーの街は、バズン州にある。

 大名ミフネが治めている州で、生産力はそこそこだけど良い砂鉄を産出するんだそうだ。

 それを使った刀剣作りも盛んで、ルーベルシーも刀匠の街として栄えている。


「繁栄ぶりがよく判る街門だな」


 立派な街壁と街門を見上げ、俺はつぶやいた。


 入国から二日ほどの旅をして辿り着いたルーベルシーである。

 ガイリアシティに遜色ないほどの街壁があるってことは、街に住む人は数万。もしかすると十万を超えるかもしれない。

 郡都や王都でもないのに。


「それと、外敵の攻撃に対してかなり深刻に備えないといけないってことか」


 結局、ちゃんとした街壁を造るかどうかってのは、そこに尽きるんだ。

 盗賊団でもモンスターでも敵軍でもいいけど、襲ってくる可能性がないなら壁なんかいらない。


 多くの宿場町に壁なんかなくて、せいぜい柵で囲っているくらいなのは、意味がないからである。


 ものすごいお金と人手をかけて壁なんか造らなくても、襲ってくるやつは滅多にいないから。もちろんゼロにはできないよ? いつ誰が徒党を組んで襲ってくるかなんて誰にも判らないさ。


 けど、あるかないか判らない、ない確率の方が高いような事態に備えるってのは、対費用効率を考えてもありえないんだ。


 つまり壁を造り、ああして門兵が立っているってことは、ルーベルシーの街には外敵が存在する証拠である。


「一目見ただけで、そこまで読んでしまうのですね。母さんは」

「それが軍師の仕事だからな。ミリアリア」


 感心したような呆れたような顔の魔法使いに微笑んでみせた。

 仕事というよりクセよね。

 ついつい、その町の戦略的な価値と攻略方法を考えてしまう。


「止まれ! 旅のものか!」


 そして街門に近づいた俺たちを、門兵が呼び止めた。


 警戒感ばりばりだ。

 外国人が珍しいってのもあるだろう。

 ランズフェローの人たちとは、あきらかに容姿が異なっているから。


「冒険者クラン『希望』といいます。俺はリーダーのライオネル」


 代表して答える。

 旅の間、サリエリからずっと習っているランズフェロー語が火を吹くぜ。


「クランとはなんだ? 冒険者とは?」


 はい。

 そもそも単語が通じませんでした。

 くっそう。


「冒険者は、ようするに何でも屋です。護衛から薬草の採取まで、御法に触れないことなら何でもやります。クランというのは、こちらの言葉では氏族となります。でもそれほど大層なものではなく、ただの集団ですね」

「なるほど。何でも屋の『希望』だな。して、ルーベルシーにいかなる用だ」


 なんだこの胡散臭い連中は、と顔に大きく書いてあるが、それでも門兵は話を進めてくれた。


「おもに観光ですが、剣の修行を兼ねています」


 そう言って、俺は腰の焔断を外してみせた。

 その瞬間である。


 二人いた門兵のうち、一人が思い切り警笛を吹き鳴らす。


 わらわらと詰め所から武装した兵士が現れ、あっという間に包囲されてしまった。

 まあ、切り捨てるわけにもいかないから静観していたのだが。


「その剣は紛れもなく焔断! きさま! ルーベルーシーの宝を奪った盗賊の一味か!!」


 兵士が叫ぶ。

 おいおい。焔断って盗品だったのかよ。


「またトラブルだよぅ。やっぱりネルネルは持ってるねぃ」


 のへーっとサリエリが言った。

 本当に、なんでこう次から次へと事が起きるんだろうな。



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