第11章
第151話 次は負けない
街道脇の木々は針葉樹が増えてくる。
マツ、というのだそうだ。
やがて前方に大河が姿を現す。セルリカ皇国とランズフェロー王国を隔てている、ムカル川である。
橋はかかっておらず、渡し船で対岸へと渡るのだ。
「渡し賃は金貨二枚だって! 高くない!?」
国境関所に掲げられた高札を見て、アスカがぷんぷんと憤慨している。
俺たちは六人だから、総額で金貨十二枚だ。
往復ならともかく、片道でこの料金は少しぼったくりすぎだろう。
「高い! まけて!」
「長いこと渡し守をやってるけど、こんなストレートな値切り交渉は初めてみたよ」
国境守備隊の兵士が苦笑する。
普通だったら、ランズフェローで病気の母が待っているとか、いついつまでにこれを届けないと店が潰れるとか、エモーションに訴えるような交渉を仕掛けてくるのだそうだ。
で、お金はないけどどうしてもランズフェローに渡りたいって人は、きちんと事情を聴取した上で、無料で渡し船に乗せてあげることもあるんだって。
金貨二枚ってのはあくまでも原則で、船の修繕費や船頭たちの給料になっているらしい。
「まして国を救ってくれた『希望』の方々から徴収したりはしないよ。そのかわり、人足たちへのチップをはずんでおくれ」
「まかして!」
どんと胸を叩いたアスカは、船を漕ぐ人足や水先案内を務める船頭に「お仕事ご苦労さま!」ってたっぷり心付けを渡していた。
総額として金貨五枚分くらいね。
彼女に限っていえば、正規の料金を支払った方がはるかに安くついたのである。
「まあ、アスカの場合は正規料金を払ったとしても施したでしょうからね。料金を払わなかった分だけ出費は抑えられたと考えた方が良いですよ。母さん」
苦笑するミリアリアだった。
ひどい貧乏を経験したことのある彼女らは、同じように貧しい人への施しを一切躊躇わない。
おそらく、メイシャと一緒にいるから感化されているのだろう。
慈愛に満ちた聖女様だもの。
食いしん坊ではあるけれど、独り占めするって発想もないしね。
ともあれ、俺たちもそこそこの額のチップを使った。さすがに金貨二枚って大金じゃないけど、その半額くらいは。
「もしかしてぇ。そういう狙いの高札かもねぃ」
川の流れに繊手を浸しながら、サリエリがのへーっと笑った。
まともに料金を払う人はそれはそれで良いとして、上手く値切った人は気分を良くして財布の紐を緩める。
恩に着せた上に、結局は船頭や人足に金が渡るという素敵な策だ。
「船頭さん。渡し賃の金額を決めたのって、渡し守の役人なのかい」
「違いまさぁ」
長い竿で川の深さをたしかめながら、船頭が笑った。
一年ちょっと前、ふらりと立ち寄った行商人がアイデアを出してくれたのだという。
元々の渡し賃はもっとずっと安くて、正直なところ船頭も人足もかなり薄給だったし、国境守備隊も予算不足にあえいでいた。
ランズフェロー方面というのは、侵攻される心配がほとんどない場所だったから、セルリカ皇国政府はまったく重要視してくれなかったのである。
国力的にも、セルリカとランズフェローじゃ比較にならないしね。
船の修理代を捻出するのすら大変だったらしいよ。
そこに通りかかった行商人が、このアイデアを授けてくれたらしい。
ランズフェローへ渡りたい人にとっては、この渡し船しか手段がない。ということは、いくら価格をつり上げても利用するしかないのである。
もちろん不平不満は噴き出す。
そのための救済処置だ。
渡し賃の使い道を説明し、それを無料にするかわり、働いている者たちへのチップをはずんでやってくれと言う。
効果てきめんだった。
さすがにアスカみたいに気前よく配る人は稀だが、だいたいの人は設定金額の半分から六割くらいはチップとして渡してくれる。
「なかなか見事な交渉術だな」
「へい。あっしらの生活もだいぶラクになりやした」
「で、その行商人というのは?」
「今は都におりまさぁ。丞相シュクケイ様の右腕として」
誇らしげに胸を反らす。
アキとかいったかな。たしかにシュクケイ陣営に商人がいたように記憶している。ほとんど話したことはないので為人までは判らないが。
「あの人の周りには、すごい人がいっぱいいたスね」
褒めつつも、メグの口調には隠しきれない客気がある。
ウキとサキの姉妹に完敗を喫した彼女だが、二度はやられない、という気持ちなのだろう。
あんがい負けず嫌いなところがあったんだな、と、思いながら手を伸ばし、俺はメグの栗毛をなでた。
二度目はないって気持ちは俺も一緒。
もう戦う機会はないだろうが、もし万が一、シュクケイとやり合うことがあったら、絶対に後れは取らない。
「次は勝とうぜ。メグ」
「もう足は引っ張らないスよ」
にやりと不敵な笑みを交わし合った。
やがて渡し船は対岸の波止場に到着する。
ここがランズフェロー王国の国境であり、玄関口だ。
「さて、お前のふるさとはどんな国かな」
腰に佩いた焔断に語りかける。
カタナと喋るなんて頭おかしい人みたいだけど、それだけ感慨深いってことなんだ。
こいつを手に入れてから一年以上になるけど、きちんとした使い方をいまだに知らないからね。
ここで修行し、俺はレベルアップするのだー。
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