閑話 軍師な二人(3)


「シュクケイ様! えらいことだ!!」


 こけつまろびつ、ハクゲンの若い衆が隠れ里に飛び込んでくる。

 すわ襲撃かと身構えたシュクケイだったが、やがてあきらかになった事情は襲撃と大差ないほどに深刻だった。


 食料や物資などを融通してくれていたハクゲン村の青年団のリーダーが逮捕拘禁されたというのである。


「だから、無理をする必要はないとあれほど言っていたのに……」

「すまねえ。オレらのドジだ。リゲンがここのことを吐くわけがないと思うが、もしかしたら山狩りがあるかもしれねえ」


 だから逃げてくれと若者が付け加えた。

 ふうとシュクケイがため息を吐く。


「君たちを見捨てて逃げるなんてこと、できるわけがないだろう。サジン。落ち着いて状況を説明するんだ」


 ぽんぽんと肩を叩き、サジンを椅子に座らせる。

 逃げるのは論外としても、どうしてこんな事態になったのか、きちんと知っておく必要があるのだ。


 結局、正しい判断というものは正しい情報の上にしか存在しえない。事前情報が誤っていれば、判断もまた誤ってしまう道理である。


 そして、あきらかになったのは冒険者クラン『希望』がハクゲンに逗留しているということだった。

 村で起こっていた物資の強奪事件や、勝手に通行料を徴収していた事件を解決するため国境守備隊が依頼したらしい。


 ここ東大陸にまで、彼らの武勇伝は轟いている。

 闘神アスカの驍勇、大賢者ミリアリアの魔法、聖女メイシャの慈愛。吟遊詩人たちが歌うサーガは、シュクケイも耳に親しんでいた。


 百戦して百勝。すべての戦いに勝利するという、伝説といってしまってもそんなにおかしくないほどの大活躍は、ある男の頭脳から生み出された策略があってこそであるという。


 神算鬼謀の軍神ライオネル。

 そんな男がハクゲンにやってきたのなら、青年団の小細工など一瞬で見抜かれたことだろう。


「放っておけば青年団は処罰されるだろうな。平団員は譴責で済むだろうが……」


 さすがに幹部はそういうわけにはいかないし、とりわけ団長のリゲンは死罪にするしかない。

 そうしないと村の秩序が保たれないのだ。


 家畜や物資を盗んだり、村の名前を勝手に使って通行料の徴収をおこなっていたのだから。

 これだけのことをしでかしたのに、謝っただけで許してしまったらしめしがつかない。


 首謀者は死罪。幹部は追放。最大限に寛大な処置でもこのくらいはあるだろう。


「助けよう。俺たちのためにリゲンを死なせるわけにはいかない」






 ようするに、盗賊団がいる・・ことにしてしまえば良い。

 それでリゲンの逮捕は誤認ということになる。


「狡猾で悪辣な盗賊団は村に夜襲をかけ、散々に暴れ回った後に逃げる。『希望』がいる今こそが、より凶猛であることをアピールするチャンスだろう」

「簡単に言うけどね、ケイ。あの『希望』に勝てるの?」

「たぶんね」


 コウギョクの問いにシュクケイは笑みを浮かべた。

 俺は『希望』が猛者だと知っているが、『希望』は俺たちのことを知らない。そこに計略を差し挟む余地がある、と。


 ハクゲンに仕掛けるのはシュクケイの他、コウギョク、強弓を使う豪傑のコウ、双子剣士のスイとメイ。そして密偵のウキとサキの姉妹。

 計七名で『希望』より一人多いが、魔法使いや僧侶がいない分、もし魔法戦になったら不利は否めない。


「まあ、ならないというか、させないけどな」


 嘯いたシュクケイが予測したとおりに事態は展開する。

 村の広場に立っていたのは外国人風の男女が五人だった。


「おそらく一人は隠形しているかと」

「ではウキとサキの二人でそいつを抑えてくれ。殺さないようにな」

『御意』


 声を揃えた姉妹が消える。

 そしてすぐに剣戟の音が闇に響き始める。


 すると、軍師ライオネルが何事かを指示し、剣士風の装いをした二人が前戦へと駆けだした。


「打ち手に迷いがない。よほどの修羅場をくぐっているな」


 声を出さずにシュクケイは呟き、闘神アスカと思われる赤毛の女剣士にコウギョクとコウを向かわせる。

 彼の陣営のなかで、最も強い二人だ。


 ダークエルフの方にはスイとメイ。


「理屈としては難しくない。二対一という絶対多数で戦える戦場を三つ用意しただけだな」


『希望』の三人に対して六人をぶつける。

 これでシュクケイは完全に孤立したわけで、もし襲われたらひとたまりもない。しかも『希望』には軍神ライオネルを含めて、まだ三枚もカードがあるのだ。


「けれど、彼は動かない。大賢者ミリアリアと聖女メイシャを守らなくてはいけないからだ」


『希望』が対応できる戦場は三つまで。それがシュクケイの分析である。

 魔法使いと僧侶をガードするため、必ずライオネルかメグが張り付く。


 いまはメグが戦闘中だから、もうライオネルはカードを切れないのである。


「韋駄天メグを隠形させずに手元に残すべきだったな。軍神よ」


 軽く唇を歪めたとき、勝敗は決した。


 ウキがメグを地面に引き倒し、右腕を捻りあげたのである。

 韋駄天メグの戦闘力というのはけっして高くない。同じような能力を持っている密偵二人を相手にしては、こうなるのが当然だ。


 結果論だが、メグは手元に残して切り札として使うべきだったのである。


 ともあれ、予定通りに人質を取ることができた。

 あとはこれを利用して、どう上手く逃げるかだが。


 ぺろりと唇を湿らせる。

 ここからは、舌先三寸の交渉で未来を切り開かなくてはならない。

 そう思ったときだ。


「オレにかまわず! ネルダンさん!」

「そんなわけにいかないだろ。降参だ」


 なんと、彼の軍神が得物を地面に捨てたのである。


「おいおい……そうくるか……」


 いきなりの降伏宣言に、少なからずシュクケイは驚いた。

 義に厚い人物であるとサーガでは歌われている。けっして仲間を見捨てたりなどしないと。


 しかし、ここまであっさり武器を捨てるなんて、予想の外側だった。

 この人物の友となれれば、裏切りなどという言葉とは無縁に生きられるだろう。そんなことまで考えてしまう。


「そういう御仁と、俺もぜひ友誼を結びたいものだったな。官吏だったときに」


 胸中に呟き、シュクケイは右手を挙げて戦闘を中止するように命じた。



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