第148話 リャウ会戦
凸形陣の左翼と右翼を残して、中央部三千だけが突進する。
わけのわからない状況に太守軍が戸惑った。
そしてその戸惑いの隙をついて、太守軍左翼部隊に食らいつき、食い破る。
俺たち『希望』隊の攻撃に備えていたから、まさに後ろからぶん殴られた格好だ。
それにしたって簡単に突破されすぎだと太守ホウシーは思っただろう。それもそのはずで、シュクケイ軍本隊は凸形陣など最初から敷いていなかったのである。
もし天頂から俯瞰することができれば、あれは凸形陣ではなく三つ並んだ紡錘陣形であることが判ったはずだ。
つまり、錐形陣と並んで最も突破力に優れた陣形である。備えていなかった太守軍左翼はひとたまりもない。
一撃で真ん中あたりを突破されてしまう。
すなわち、左翼部隊の三千は千五百ずつに分断されたということだ。
「よし。仕掛けるぞ」
分断された敵の一方に、俺たちも仕掛ける。
敵にしてみれば、後ろから蹴飛ばされたあとに前から殴られたようなもの。なすすべもなく打ち減らされていく。
太守軍本隊も、右翼部隊も黙ってみていることはできない。
救援しようと動く。
中央本隊は左に転進し、右翼部隊もやはり左に転進し。
そして、たちまちのうちに渋滞が発生してしまった。
同じ方向に、同じルートで、六千の部隊と三千の部隊が進もうというのだから、当然の結果である。
ろくに身動きも取れない状態になる。
最初の位置に残っている二本の紡錘に対して、脆弱な横腹を晒した格好で。
まさに狙っていた瞬間だ。
強弓使いのコウが率いる左翼部隊と、スイとメイの双子が率いる右翼部隊が相次いで突撃を敢行する。
ろくに反撃もできず、太守軍は打ち減らされていった。
一気に駆け抜け、シュクケイ軍は太守軍の後背で再集結する。
長々と攻撃を続けたりしない。
一撃を加えて離脱するというのが基本だ。
もちろん俺たちも同じ。
左翼を突破した後は、反対側……つまり太守軍を挟撃できる位置に付ける。
その太守軍は、一連の戦闘でおそらく千名以上の死者が出ただろう。ぼろぼろになりながら方円陣に再編成をおこなった。
防御力の高い陣形だが消極的すぎる。
太守軍はまだ一万以上の兵力を残しており、圧倒的多数なのだ。
にもかかわらず防御を固めたのは、こちらの奇策を警戒してのことだろう。
「堅く守って隙を与えないつもりか。たしかに安全策ではあるけどな」
部隊の損害報告を聞きながら、俺は独りごちた。
死者四、重傷者十八。敵を翻弄したが、さすがに無傷というわけにはいかない。すぐに負傷者を後送するよう命じる。
するすると『希望』隊が後退する。
第二ラウンドの開始だ。
太守軍は追ってこない。つられてたまるか、とでもいうように、じっとこちらの動きを注視している。
つまり、そろそろ情報が届いたってことだろうな。
この千名の別働隊を指揮しているのは冒険者クラン『希望』のライオネルだって情報が。
もちろんウキやサキといった諜報隊の仕業である。
太守軍だって情報くらい集めているだろうから『希望』がシュクケイ軍に参画しているくらいのことは間違いなく知っている。でも、それがどこにいるかは判らない。
判らないことを教えてあげるのだから、むしろ親切だろ?
なんてな。
サーガにまで歌われる『希望』を、太守軍は無視でない。
心理としてはよく判るが、はてさて、シュクケイどのというのは、注意をそらして良いようなお相手かな? 太守どの。
俺がにやりと笑ったと同じタイミングで太守軍に動揺が走る。
「帰路が絶たれる!?」とか「輸送部隊がやられる!」とか、悲鳴がこちら陣にまで聞こえてきた。
「だよな」
「どういうことです? 母さん」
副官っぽい役割を果たしてくれているミリアリアが訊ねる。
「敵が防御を固めて動かないなら、わざわざ攻める必要なんかない。攻撃する以外のすべての行動が取り放題だってことだな」
俺たちの位置からは確認できないが、シュクケイの本隊は太守軍の本拠地であるサントン郡へと向かう動きを見せたのだろう。
より正確には、そういう情報を諜報隊が流しているのだ。
すでに太守軍は奇策に翻弄されているからね。
本拠地を奪われるとか、補給物資を燃やされるとか、そういう情報を嘘だと切り捨てられない心理状態なんだ。
「つまり最初の突撃自体が布石になっているってことですか」
「そういうことだ。食えない男だろ? シュクケイどのは」
へえと感心するミリアリアに笑ってみせる。
何手先まで読んでるんだって話だもんな。
「母さんにだって見えてるじゃないですか」
「これは
外側から見ていると多くのものが見えるし、シュクケイの軍略もホウシーの考えも判る。けど当事者だったら刻一刻と変わる状況に、頭が破裂してしまうさ。
事実として俺は一回シュクケイに負けてるしな。
「次やったら母さんが勝ちますよ。絶対に」
ふんすと鼻息を荒くするミリアリア。
なんでお前さんがムキになってるんだか。勝負は時の運ってやつだ。絶対はないんだよ。
「味方なんだから次はないさ。そして報酬ももらってるからな。もらった金の分は働くとしようや」
小柄な身体を覇気でぱんぱんに膨らませている魔法使いのとんがり帽子を、俺は手を伸ばしてぴんとはじいた。
リラックスリラックス、と。
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