第149話 軍師シュクケイ


 サントン郡へと向かおうとするシュクケイ軍を、すぐに太守軍が追いかけようとする。

 もし成功していたら、一万で六千を追撃する格好となり太守軍にとって非常に有利な展開だったろう。


 しかし、防御陣形である方円陣は高速移動には適さない。そのまま移動しても紡錘陣形のシュクケイ軍にはけっして追いつけないのだ。

 そのため太守軍は陣形を再編する必要に迫られる。


 必死の形相で兵たちが走りまわり、陣形が変わっていった。

 方円陣から錐形陣へ。


 この段階で、シュクケイ軍との距離はかなり開いてしまっている。

 それでも高速移動と突破力に優れた錐形陣ならいずれは追いつける。


「半包囲追撃じゃなくて、一気に突き崩して前に出るつもりだな」


 そして、突破の際に多少の犠牲が出るのはやむなし、とにかくシュクケイ軍の進路をふさぐのを優先するということだ。

 じっさい、シュクケイ軍の動きを止めるにはそれが最も手っ取り早い。

 堅実で剛毅な判断である。


「貧乏性の俺とは大違いだ」


 俺の採る作戦ってのは、とにもかくにも味方の損害を少なくするようにってものだからね。

 もとが貧乏なもんで。


「ネルママの場合は、ちゃあんと人の命を大切を知っているだけですわ」


 したり顔のメイシャだ。


 そんな立派なもんじゃないんだけどな。味方が減れば減るほど戦闘効率が悪くなるし、採れる作戦の幅も狭くなる。純軍事的に、損害は少ない方が良いってだけの話だよ。


「はいはい。そういうことにしておきますわ」


 むふふふとメイシャが笑う。

 お前のことは何でも知ってるぞって笑顔はやめてよ。


「まー、そう動くなら俺たちの行動は簡単さ」


 咳払いして、俺は焔断を振り上げる。

 シュクケイ軍を追いかけて後背を襲おうとする太守軍の、さらに後背を襲うのだ。


「全軍全速! やつらのケツに火を付けてやれ!」

『応!』


 一斉に拍車をかけ、猛然と太守軍に襲いかかる。


 わざわざとって返して戦う者などないない。

 というより、後ろから襲われている状態で足を止めて振り返るのは、ぶっちゃけ自殺と同義である。


 もし後ろからの攻撃に備えるなら、接触される前でないと。


 たとえば、シュクケイたちみたいにね。






 後ろからの攻撃を無視し、ひたすら前へと駆ける太守軍はついにシュクケイ軍の最後尾を視界に捉える。

 そして先頭部隊は首をかしげることになった。


 シュクケイ軍の最後尾が、先ほどの突撃戦の最前衛だったからだ。

 しかもすでに足を止め、矛先を太守軍に向けて待ち構えている。


 罠、という言葉が太守軍の兵たちの頭をよぎったとき、両軍は激突した。


「母さん 太守軍の足が止まりました」


 先行偵察からもどったメグから戦況の報告を聴いていた俺に、さらにミリアリアが報告してくれる。


「よし。アスカ隊とサリエリ隊に連絡。ラクにしてやれ、とな」

「了解ス」


 ふたたびメグの姿が消えた。


「シュクケイ軍はなにをしたんですか? 母さん」

「べつになにもしてない。紡錘陣形のままサントン郡に進んでいただけだ。ただし、前後逆にな」


 はなっからサントン郡を陥すつもりなんかシュクケイにはないからね。太守軍にあとを追わせるのが目的だから、紡錘陣形が後ろに進むっていう突破力ゼロの間抜け陣形で問題ないわけだ。

 そして距離を稼いだら、全軍止まれ回れ右、で待期する。


「そこに太守軍の錐形陣が突っ込んできた。紡錘陣形と錐形陣。どっちも先頭は少数部隊だからな。太守軍は数の差を活かす機会を自ら捨ててしまったってことだ」


 なにもしてないだろ、と、笑ってみせた。


 元々の隊列のまま移動し、回れ右して待期していただけだ。

 太守軍が勝手に陣形を変え、勝手に数の有利を捨て、勝手に追撃されながら突っ込んできただけ。


「悪辣ですね……」

「軍師にとっては褒め言葉だな」


 細長い錐形陣の太守軍は、シュクケイ軍本隊と『希望』隊に挟撃され、数の差をまったく活かせないまま打ち減らされている。


 何とかしようと藻掻くものの、戦闘中に陣形の再編なんてできるわけもない。

 ていうかそんなことができる天才的な指揮官だったら、ここまで追いつめられないけどな。


 四半刻(三十分)ほどが経過すると、ほとんど太守軍は死に体になった。

 戦闘に参加していなかった兵士たちもぼろぼろ隊列からこぼれ落ち、己の才覚にしたがって逃げ始める。


 アスカたちがやったな。

 おそらく、次々と中級指揮官を倒しているのだ。


 もうまもなく太守軍は崩壊するだろう。


「降伏しろ! 無駄に死ぬな!」


 はるか前方、シュクケイ軍本隊から大声が響いた。

 降伏勧告を出す余裕が生まれたという証拠である。

 ここまでくれば、もう戦局はひっくり返らない。太守ホウシーが降伏するか戦死するか、あるいは逃亡するかまでは判らないが、ほぼ勝敗は決した。


「…………」


 なのに、なんだかミリアリアは不満顔だ。


「どうした?」


 訊ねてみる。


「いつもは母さんの作戦で勝ってるのに。今回ぜんぜん活躍してないじゃないですか」

「ラクで良いじゃないか」


 俺としては、今まで経験したなかで最も安心して指揮を執れたよ。


 もちろんシュクケイの策が崩されたときのことも考えて備えてはいたけれど、準備だけに終わったしね。

 たぶんシュクケイの方でも、俺が失敗したときの備えはしてあったんじゃないかな。


 この安心感が良いんだよ。

 綱渡り的な戦いって、けっこう胃にくるんだからね?


「知りません」


 ぶーっとむくれちゃいましたよ。

 あなたはいったい俺になにを求めているんですか。

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