第147話 着々と


 ハクゲンの村には『恵』と書かれた軍旗がたなびき、近隣の村々から続々と戦力や物資が集まりつつある。

 戦闘員の数は十日ほどで五千人に達し、彼らを支える後方支援要員は、ざっと十倍といったところ。


 あっという間にハクゲンの村は反乱軍の一大拠点となってしまった。


 さらに国境守備隊のシリョウ隊長からは、インダーラとの国境を守る任があるため参加はできないけど、シュクケイの行動を支持するという宣言が届いたのである。


 この影響はかなり大きく、ハクゲンの村があるサントン郡に隣接する領地の太守たちは静観することを決断した。

 ひとえにシュクケイ人気のたまものである。


「追放されてから一年ちょっと、あちこちで善行を積んできた結果ですかね」

「母上が故郷で兵を挙げても、このくらいはすぐに集まるだろう」


 笑みを交わし合う。

 視線の先には風に翻る軍旗。


『恵』というのは、セルリカの文字でケイと読むらしい。

 情け深いとか、賢いとか、そういう意味なんだそうだ。

 なんとなくシュクケイに相応しい旗だよな。


「サントン太守のホウシーに、反乱軍鎮圧の勅命が下ったそうだ」

「いよいよですね。どのくらい動きそうです?」

「一万ってところかな」

「少なくないです?」


 俺は首をかしげた。

 太守ってのはリントライトの貴族なんてレベルじゃなくて、小国の王様くらいの力があるんだときいた。であれば三万や四万くらい、普通に動員できるだろう。


 この期に及んで兵力を出し惜しむ程度の相手ということだろうか。


「いや、惜しんでいるのではなく、出したくても出せないのさ。母上」

「なぁる。なにか仕掛けましたね。シュクケイどの」

「太守軍などといったところで、構成員のほとんどは農民だからな。俺と戦うときに連れてくるのは怖いんじゃないか?」


 にやりとシュクケイが笑った。

 離間策というやつである。

 本来は将と部下に仕掛けて仲を裂いてしまう策略なんだけど、シュクケイは太守と兵士の間を裂いた。


 反乱軍は民のために立った。圧政に苦しむものたちのためにである。もし戦場に農民兵なんか連れて行ったら、まとめて反乱軍に寝返るだけ。

 もちろんホウシーが民を慈しみ、一片の恨みすら抱かれていないという自信があるなら普通に農民兵を動員できるが、残念ながらそうではなかったようである。


 さぞ巧妙な情報工作がおこなわれたんだろうね。

 怖い怖い。


「リントライトの王都に住む数十万という人々を一夜のうちに避難させた『大夜逃げ作戦』に比べたら、ぜんぜん常識的だと思うぞ。母上」

「つーか、そんなのまでサーガになってるんですか?」


 けっこう前に俺がやった小細工だ。

 といっても、俺はあくまでも骨子を作っただけで、活躍したのは王都に潜入したガイリアシティの冒険者たちなんだけどね。


「それを言い出したら俺だってなにもしていないさ。ウキとサキ、それに諜報隊の活躍があればこそだって」

「ま、軍師なんてなにもできないですからね」


 俺たちにできるのは作戦を立てることだけ。その作戦を完璧に実行できる者たちがいて、はじめて策は活きてくるのだ。


「とはいえ数的不利なのは否めない。こちらも順調に兵は増えているが、決戦までに七千に届けば良いところだろうな」


 しかも農民兵を削り落としたってことは、太守軍はすべて専門的な軍人で組織されている。

 有象無象を集めた俺たちよりも、ずっとずっと練度は高い。


「千名くらい借りても良いですか? 決戦のとき」

「母上には半数を率いてもらおうと思っていたんだが?」

「そんなにいらないです。ていうか本隊は薄くしないで、堂々と勝ってください」

「なるほど。嫌がらせにまわるということか」


 三手先を読んだようなシュクケイの言葉に、俺は微笑した。

 判ってる人と喋るのは、とにかく話が早くて助かる。いちいち説明しなくて良いから。






 そして、さらに十日ほどが経過し、太守軍とシュクケイ軍はリャウの野という平原で睨み合うこととなった。


 前者は一万二千で凹形陣。

 後者は七千で、シュクケイの本隊六千が凸形陣を展開している。そしてその右側、少し離れた場所に俺たち『希望』隊千名が紡錘陣形で待機中だ。


 それぞれの本隊を見比べれば兵力差は二倍。囲んで叩きのめしてしまおうって太守軍の考えはべつに間違ってない。


 むしろ正統的なものである。

 この布陣だけで、太守ホウシーって人物の戦術的な手腕がある程度はわかるのだ。


「奇をてらわず基本に忠実。小細工を弄するより、純粋に数の力で押し切る。きっと物堅い性格の御仁なんだろうな」


 呟いた俺は指揮棒がわりの焔断を振り上げ、乗騎に拍車をくれる。


「突進! 目標は敵左翼!」


 まずは先んじて『希望』隊が動いた。


 それを無視し、太守軍はゆっくりと前進する。

 たかが千名程度の部隊に側面を突かれても簡単に跳ね返せると考えているのだろう。

 それもまた、間違った考え方じゃない。


「けど、人間ってのはそこまで割り切れるもんじゃないんだよな」


 凹形陣のまま前進する敵の、左翼部隊に乱れが生まれ始めた。

 見える位置で俺たちが動いているからね。備えないってわけにはいかないのさ。中級指揮官は。


 だから、どうしても遅れてしまう。

 たとえば俺たちが森の中とかに伏兵して見えていなかったなら、こういうことにはならなかったんだろうけどね。


 そして、敵陣のほつれを見逃してくれるような、そんな可愛げのあるやつじゃないんだよ。俺に初の黒星をつけたシュクケイどのは。


「吶喊!」


 喊声を上げ、本隊の一部が猛然と突撃を始めた。

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