第140話 ハクゲンの山賊(2)
俺は、国境守備隊のシリョウ隊長からの依頼を受諾した。
村が盗賊団に襲われてるってきいてるのに、さすがに「あっしには関わりあいのないことでござんす」とスルーするわけにはいかない。
それに、断ったら国境は通さないとか言われたら困るし。
「そんな意地悪をするわけがないじゃないですか」
苦笑するシリョウ隊長だ。
そんなわけで、契約書を取り交わしてサインをする。
これで盗賊団の退治は正式に『希望』の仕事になった。あとは全力を尽くして完遂するのみだ。
「ああ、すいません、ライオネルどの。こちらの書類にもサインをいただけますか」
「……書類っていうか、本ですよね。これ」
「いやあ」
いやあじゃねえよ。表紙に『落日に舞う蝶』ってタイトルが書いてるじゃん。あきらかに吟遊詩人たちが歌ってるサーガを元に書かれた戯本じゃん。
たしか、俺が『金糸蝶』を離れて『希望』を率い、ガイリアのトップクランになるみたいな話の筋だった思う。
メグやサリエリと出会う前っぽく描かれてるから、二人は登場しない。
内容としては事実をかすりもしてないけどな。俺は追放されたんであって、べつに『金糸蝶』を見限って捨てたわけじゃないし。
「ファンでして」
「良いんですけどね。べつに……」
苦笑しながら筆を受け取り、表紙を開く。
すると、アスカとミリアリアとメイシャのサインが、すでに書かれていた。
この隊長、あいつらにサインをもらってから俺のところに相談にきたのである。村が山賊に襲われてるって話は、三人娘のサインよりウェイトが軽かったらしい。
村人たちも浮かばれないなぁ。
さて、ハクゲンの村というのは国境から一日の距離にあった。
本当に近い。
そしてけっこう栄えている感じである。
「関所を越えてきた人とこれから越える人が一休みする場所だからでしょうか」
「だな。けっこう金を落とすんじゃないかな」
ミリアリアの言葉に頷く。
人が集まれば取引が生まれる。そしてその経済が村を動かす。
ハクゲンは村と呼称しつつも三百戸以上ありそうだし、住民たちもかなり金を持っているだろう。
それを盗賊団に狙われた。
「ていうか、本当に盗賊なんです? 母さんの話を聞いて思いましたけど、盗賊風情が思いつくような手じゃないですよ? 正直」
「オレもそう思うス。ぶっちゃけここまで考えれるようなやつだったら、ど田舎で盗賊団なんかやらないで、都会の裏町で一旗揚げられるスよ」
メグがミリアリアに同意する。
まあ、実際にその通りなんだけど先入観は禁物だ。
人材なんてどこに転がっているか判らないのである。
「ガイリアの冒険者ギルドで、協賛金が納められないって泣いてた娘たちが、いまや闘神だの大賢者だの聖女だの言われているからな。ここに英雄のタマゴがいたって何の不思議もないさ」
俺はにやりと笑った。
誰だって最初は無名の存在なのである。
「わたしたちには母ちゃんがいたもん!」
「教師が良いのですから、英雄くらい簡単になれますわ」
アスカとメイシャが口を挟んでくる。
だから、そういうふうにストレートに褒めるんじゃありません。
照れちゃうんだから。
「ネルネルぅ。インダーラの策謀の可能性はぁ、考えてるぅ?」
視線をさまよわせている俺に、サリエリがのへーっと訊ねてきた。
相手の動きの的確さから考えた場合、それが最も蓋然性の高い解答ではある。しかし、俺としてはその可能性は低いと思っている。
理由はハクゲンの位置だ。
「場所がなぁ」
「仕掛けるなら王都なり郡都に仕掛けるよねぃ」
「サリエリも気づいていたか」
苦笑する。
ようするに彼女の言葉は質問ではなく検算だ。
元特殊部隊は伊達ではない。ちゃんと見えているのだろう。
セルリカ皇国の辺境ってことは、インダーラ王国にとっても辺境なのだ。大変に失礼な言いようになるが、そんなところにある村の一つや二つ、両国の首脳部にとってかなりどうでもいい存在である。
盗賊に襲われようが滅びようが、さして痛痒は感じない。
「守る価値も、攻め落とす価値もないんだよな」
俺は肩をすくめてみせた。
住民たちには業腹だろうけど、戦略的価値って話になるとそうなってしまうのである。
すなわち、軍の策動である可能性は極小である、と。
「軍とか国がどう考えるかなんて知らないよ! そこに住んでる人が困ってるんだから見過ごせないでしょ!」
むっふーと鼻息を荒くしてアスカが胸を反らす。
誰かが泣いてるんだから助けるのは当たり前。打算も計算も必要ない。まさに英雄気質というやつだ。
「ああ。アスカは本質を突いたな。そういう人たちを助けるために、俺たち冒険者はいるんだ」
手を伸ばして赤毛を撫でてやる。
国や軍に所属してしまえば、その方針に従わなくてはならなくなる。
自分が正しいと信じる道を必ずしも歩けるわけではない。
けど冒険者は違う。
自らの正義に従って行動することができるのだ。
「『
クランの名前である。
付けたときは、期待の新人って意味が強かったんだそうだよ。
十年後、どうするつもりだったんだろうね。
「いいの! 心はいつでも新人!」
「フレッシュすぎて眩しい」
きゃいきゃいとバカ話をしながら木戸をぬける。
栄えてはいても、街壁や街門を造るほどの金はないんだろう。さすがにね。
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