第139話 ハクゲンの山賊(1)
昔ってほど前じゃないんだけど、まだアスカ、ミリアリア、メイシャと四人チームだった頃の話である。
犯罪者をとっ捕まえて町の衛兵に引き渡したことがあったんだけど、そのときはかなり気を遣ったもんだ。なにしろこっちも
衛兵がちゃんと話を聞いてくれるかどうかってのは運次第。へたしたら頭ごなしにお前らのでっち上げだろうって言われるケースも少なくないんだ。
ちゃんと犯罪者を牢屋に入れれば衛兵の手柄になるんだけどさ、手続きっていうのは面倒なものなんだよ。
手柄と面倒さを秤にかけて、後者が沈んでしまった場合はけっこう冷たい態度を取られる。
それが今じゃ、隊長さんっぽい人が俺の前に片膝をついて敬礼してるんだから、人生って判らないよなあ。
もちろん、他国のものとはいえ俺たちが
騎士ってのはようするに領地を持たない貴族だから。
正規兵といえども粗略に扱うわけにはいかないんだ。
まあ俺たちは名誉騎士なんで、領地どころかなんの権限も持ってないけどね!
「はい。俺がライオネルですが、軍神なんてご大層なもんじゃないですよ。たまたま勝者の側にずっといたというだけの話です」
「ご謙遜を」
隊長さんを立たせてやりながら、俺は気さくに笑いかけた。
なんだか噂が先行しているみたいだけど『希望』は一介の冒険者クランにすぎないからね。えらそうにする理由なんかどこにもないのさ。
「しかし、ここを『希望』が通りかかってくれたのも天の采配というもの。ひとつ、我らの話を聞いていただけないでしょうか」
ほらきた、と思いながら俺は軽く頷いてみせた。
三人娘の歓迎っぷりが、ただのファンとは思えなかったからね。予想はしていましたよ。
「俺たちで力になれることでしたら」
官憲からの頼み事ってのは、じつは命令に近いだけの拘束力がある。
これはかりは仕方がないことで、それが権力というものだからだ。むしろ命令ではなく要請であったことを喜ぶべきだろう。
頼み事である以上、報酬が発生するから。
「この先の、ハクゲンの村界隈に山賊が出没しているのです」
「ほうほう」
詰め所へと案内しながら、隊長さんが説明してくれる。
俺と一緒にくるのはサリエリとメグ。仕事を受けるにせよ断るにせよ、複数で内容を確認した方が良いからだ。
で、そういうのは年長組の仕事、というか成人に達してない三人娘には任せられない。来年になったら、まずは賢いミリアリアあたりから少しずつ慣れさせていく予定である。
ともあれ、国境近くの村を狙うというのは、なかなか盲点を突いた作戦行動だ。普通は考えない。
なぜならすぐ近くに国境守備隊が駐屯しているから。
どこの国でもそうだが、国境を守備する部隊なんて最精鋭だ。
中央で失敗して最前線の部隊に送られる、なんてのは大嘘。
隣国からの侵攻に対して常に備えなくてはいけない国境守備隊に、人格的にまたは能力的に信頼が置けないような人物を配置するとしたら、その国の上層部はずいぶんと頭がトロピカルだろう。
だから国境守備隊ってのは強い。物語なんかでしばしばやられ役になってしまうのは、ここが活躍してしまうと話が成立しないからだ。
そんな連中が駐屯している近くの村を狙うなんて自殺行為だ、と、普通の盗賊団は考える。
「けど違うんだ。守備隊は盗賊団の捜索のためには動けないし、国内を警邏することもできない」
「左様です」
隊長さんが苦々しい表情で頷いた。
任にあらず、というのももちろんあるけど、物理的に不可能だって理由が大きい。
国境を守る兵を減らすことはできないのだ。
駐屯している兵力がどのくらいいるか判らないが、仮に五百いるとしてそのうち半分を盗賊団の捜索と討伐に回したとする。
すると守備隊の数が減ったことがすくに隣国のインダーラに伝わるだろう。
「そしたらどうなると思うって話だな」
「まあ攻めてくるよねぇ。領土を切り取ることはできないかもだけどぉ、一時的な寇掠をするにはすごいチャンスだもんねぇ」
のへーっとサリエリが言った。
当たり前だけど主権国家と主権国家の間に完全な平穏なんてありえない。
隙あらばと狙っているのだ。お互いにね。
そしてその隙を、国境守備隊が作ることは絶対にできないのである。
「正直、王都ラキョーに書簡を送り、討伐部隊を送ってくれるよう嘆願するしか方法がないのも事実でしてな」
「でしょうね」
ふーむと俺は腕を組んだ。
ここも上手いというか悪辣だと言わざるをえない。
セルリカ皇国の国境守備隊は国軍だということなのだろう。
たとえば、リントライト王国時代にマスル王国との国境を守っていたのはドロス伯爵の軍だ。援軍は郡都のガイリアシティに要請することになるし、国境近くの村だって伯爵領の一部なのだからすぐに討伐隊を出してくれる。
けど、この場合はドロス伯爵領にある村を救うために、リントライト王国軍に救援要請をするってこと。
「それ、救援くるわけがないス」
メグが両手を広げた。
軍略に疎い彼女にも、このややこしい状況が見えてきたようである。
そしてそれを利用する盗賊団のいやらしさも。
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