第138話 絹の国


 船の中でもそうだったけど、街道を進みながら俺たちはランズフェローの言葉をサリエリから教わっている。

 インダーラやセルリカでは大陸公用語パブリックが通じるけど、小国のランズフェローでは通じないらしいから。


 基本的にはサリエリが通詞を務めるが、最低限の意思疎通くらいはみんなできた方が良い。

 そうしておかないと、はぐれただけで詰んでしまうのだ。


「ちなみにぃ、東大陸の公用語ってのはないんだよぉ」

「それはそれで不便だな。それぞれの国の言葉を理解できないと国からも出られないじゃないか」


「だからセルリカもインダーラも公用語パブリックを取り入れているんでしょうね」


 とんがり帽子を揺らしながらミリアリアが納得の表情を浮かべた。

 俺たち中央大陸の人間は普通にパブリックを話している。母国語もあるにはあるんだけど、そちらを使う方が稀だ。


「むしろオレ、リントライト語なんて知らないスよ」


 メグがすこし驚いた顔をする。


 そう。

 彼女のような人も少なくない。なにしろ王族や貴族だってパブリックを使っているし、マスル王国だろうがダガン帝国だろうがパブリックが問題なく通じるからだ。


 生まれたときからパブリックしか使ってこなかった、なんて人の方が多いのである。


「母国語は軍略の学校で習ったな」

「私は魔法学院アカデミーで」

「わたしくは神学校で教わりましたわ」

「うちは士官学校だねぃ」


 つまり、リントライト語を理解できるのは六人中三人。マスル語を理解できるのは一人だけだ。

 ようするに学校で習うような言語で、普段の生活では使わないのである。


「じゃあなんでそんなもの勉強するの?」


 アスカがこてんと首をかしげた。

 しなくても良い勉強なんかしたくない。これは勉強嫌いの彼女だけの発想ではないと思う。


「おもに戦争のためだな。まさか敵にも判る言葉で作戦会議なんかするわけにいかないだろ?」


 情報がだだ漏れになってしまう。

 だから母国語で会議をやるケースもある。暗号みたいな感じでね。


「ダガンとの戦いのとき公用語で話してなかった?」

「ぶっちゃけると、そっちの方が多いかな。わざわざ母国語を使うの面倒だし」

「だめぢゃん!」


 けらけらとアスカは笑うけど、あの局面は公用語で問題なかったのである。

 ダガン帝国に対する侮蔑の意図を隠す必要がなかったので。

 このあたりのことをアスカに語っても意味がないので、俺はくすりと笑ってみせた。


「誰にでも通じる便利な言葉があるのに、あえて知ってる人が少ない言葉を使う理由なんかないって話さ」


 それがセルリカやインダーラでも公用語が使われている理由だと説明する。


「その流れに乗り遅れた国はぁ、やっぱり東大陸でも遅れてるよねぃ」


 サリエリの補足だ。

 便利なものを便利に使うという柔軟さがやはり必要なのだろう。


 もっとも、大陸公用語が編み出されて七百年である。いまだかたくなに使わないって国もたいてい頑固だよね。





 行程七日目。

 ついに俺たちはセルリカ皇国へと入る。


 国境関所に立つ兵隊は、独特なセルリカ鎧をまとっていた。


「外国人だな。入国目的はなんだ?」

「ガイリア王国の冒険者クラン『希望』といいます。セルリカへは、まあ観光で」


 通過するだけなんだよーん、と正直にいうのも気が引けるので、体裁の良いことを言っておいた。

 じっさい、多少の観光はするつもりだから嘘はついてないよ。


「クラン『希望』!? デモンスレイヤーの!?」


 守備兵が、おお、と目を剥いた。

 その声に驚いたのか、詰め所の方からわらわらと人が出てくる。


 なんだなんだ?

 俺たちの名前って、東大陸でも知られてんの?


「アスカだよー!」

「ミリアリアです」

「メイシャですわ」


 そしてノリの良い、というか目立つことが大好きな三人娘が、さっそくポーズを取ったり名誉騎士のバッジを見せびらかしたりしている。

 そのたびに、闘神アスカだ……とか、大賢者ミリアリアだ……とか、聖女メイシャだ……とか、どよめきが起きた。


 目立つことが嫌いなサリエリとメグは、すすーっと俺の後ろに隠れる。

 気持ちは判る。

 というか俺だって隠れたい。


 斥候にしても元特殊部隊にしても、わざわざ目立つような振る舞いをする理由がないのである。

 まあ、だからこそ派手な武勲はアスカたちに譲ってるんだよな。


「あいつらサインとか求められてるぞ。お前たちもしてきたらどうだ?」

「嫌に決まってるじゃないスか」

「厄介ごとに巻き込まれた予感がするの~ 間違いないのぉ」


 すげー嫌そうな声が返ってきた。


 メグなんて隠形しちゃいそうな勢いだよ。

 やめてね? 戦闘中じゃないんだから、いきなりいなくなったらみんなびっくりするんだよ。

 あ、いや、いなくなったことにすら気がつかないのか。


「うちらはぁ、ネルネルの小姓って扱いでいいのぉ」


 小姓ってのはお殿様の付き人みたいなもんだが、けっこう愛人を兼ねてたりするのだ。


「人前でそういうこと言うなよ? お前ら俺の愛人だと思われちゃうぞ」

「うちはべつにいいよぉ」

「オレもかまわないス」


 またそういうことを。

 あんまり大人をからかうと、ほんっとにどうなっても知らないからな。

 ベッドに押し倒したりするんだぞ。俺だって。


 後ろにの二人と馬鹿話をしていると、ちょっと立派な甲冑の人が進み出て、俺の前に片膝をついた。


「軍神ライオネルどのとお見受けします」


 右の手のひらに左の拳を当てる、セルリカ独特の挨拶である。


 うわ。

 サリエリじゃないけど、なんかトラブルの予感がする。


 

 

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