第137話 モテメイシャ
ランズフェローというのは東大陸の中では小国の方である。
ミスル王国との間に国交はないため、魔導汽船で直接乗り込むことはできない。
したがって、インダーラ王国の都であるマリシテで船をおり、そこからは陸路で北上することになる。
内陸側を進めば東大陸で一番の大国、セルリカ皇国を経由することになるだろう。
せっかく東大陸を再訪したのだから、セルリカも見ておきたいよな。
絹の国なんて呼ばれるくらい豊かなんだってさ。
あと、セルリカ美人ってのも中央大陸で有名だね。黒髪黒瞳で肌は絹のようになめらかだってイングラル陛下が言っていた。
そしてミレーヌさんに尻をつねられていた。
浮気はほどほどにね。陛下。
俺としてはセルリカ美女よりも皇国の美味とやらを堪能したいかな。
「物見遊山の気分だね~ ネルネルはぁ。修行はどうしたのぉ?」
サリエリがのへーっと笑う。
「そこまでストイックにやる気はないから良いんだよ」
自分を追いつめて、脇目も振らずに、ただひたすらに剣術に打ち込む求道者って像はあんまり俺らしくない。
もちろん真剣に修行するつもりだけど、道々で美味いものを食うくらいの楽しみがあっても良いと思うんだよな。
「そうですわ。食べることは人間の基本ですのよ。食べない寝ないで治る病などひとつもないと至高神も仰っています」
ふんすとメイシャが豊かな胸を反らした。
言ってることは真っ当だと思うけど、立ち寄る宿場ごとに食い倒れをやるのは、はたして神の教えに合致しているんだろうか。
だいぶやり過ぎな気がするよ。
「ふむ。つまりネルママは、カライの名店には行きたくない、と」
じーっと半眼で見つめた俺に、とっても意地悪な笑顔を見せるメイシャだった。
この前いった店の場所を憶えてるのは彼女だけなのだ。
く。きたないぞ。カライを人質にとるなんて。
「HAHAHA。やだなあメイシャちゃん。ママそんなこと一言もいってないじゃないか。置いていかないでね」
「もちろんですわ。ヲホホホホ」
わざとらしく笑いながら肩を組んだりして。
「なにやってるんですか……ふたりとも……」
ものすごく呆れ果てた顔でミリアリアが頭を振った。
うっさいうっさい。
インダーラまできたのに、カライを食べないで終われないでしょ。
カライってのはインダーラの名物で、かなりスパイスの効いたその名の通り辛ーい煮込み料理である。
見た目はちょっとアレだけどね。
それをひーひー言いながら食べるのが良いんだ。
家に帰ってからも食べたいんだけど、スパイスの調合は秘中の秘だとかで、メイシャが訊いても店主は首を縦に振らなかった。
ライバル店にはなりようがないんだけどな。俺たち。
家庭で楽しむだけだし、仮に店を出すとしてもマリシテからは遠く遠くどこまでも遠く離れたガイリアシティだしね。
「ミリアリア。料理を再現する魔法とかないんですの?」
「見た目だけなら幻覚魔法で再現できますが、触れませんし食べられませんよ?」
「それでは意味がありませんわ。アニータにも食べさせてあげたいのに」
むうむうとメイシャが唸る。
反則級の美貌を持つ彼女がそんな仕種をしたら、周囲の者たちはかなりいたたまれない。同じチームの俺ですら「何かできることはないか?」なんて声をかけたくなるくらいだもの。
この子にこんな顔させちゃダメだろ、という男たちの視線の剣でざっすざっと貫かれている店主は、まさに針のむしろに座っている気分だったのだろう。
スパイスの種類までは教えてくれなかったけど、すでに調合してあるものを小瓶に詰めてメイシャに手渡してくれた。
あと、家庭でやる場合の作り方を書いたメモと。
感動的な場面のはずなのだが、目を潤ませたメイシャから感謝のハグを受け、にへらと鼻の下を伸ばしていたので感動も半減だ。
むしろ客たちからやっぱり殺人的な眼光で睨まれている。
つくづくと罪作りな女だよなあ、メイシャって。
こいつの恋人になった男は、いつ取られるかとハラハラしないといけなさそうだ。
「モテモテってのも大変だ」
苦笑しながら匙でカライを食べる俺を、なぜかメグがじーっと見つめていた。
「どした?」
「いえ。ネルダンさんでも自分の背中は見えないんだって思っただけスよ」
意味深なことを言ってにやっと笑えば、チャーミングな八重歯が覗く。
「俺がモテモテだってやっと気づいたか」
「そういうとこスよ」
で、ため息を吐かれました。
失礼な娘である。
判ってますよーだ。自分がモテないことくらい。
ともあれ、マリシテの町ではカライを楽しんだあと一泊し、翌日俺たちは旅立つ。セルリカ皇国を経由してランズフェロー王国へと。
行程は十四日ほど。
町で集めた情報によれば街道はきちんと整備されており、宿場町もちゃんとしているそうだ。
このあたりは洋の東西を問わないよね。
街道の状態が悪いと物量に支障をきたす。そうすると町が発展しなくなるんだ。近くで採れるものだけで経済が成り立つのは人口二百人以下の集落くらいのもので、それだって時々やってくる行商人にかなり依存している。
都市の規模が大きくなればなるほど、行き交う物資の量も多くなるものなんだよ。
人間の身体でいうと街道ってのは血管で、物流ってのは血かな。
血が流れなくなってしまうと腕や足が腐って落ちてしまうだろ? ようするにそういうことなんだ。
「魅惑のセルリカ料理も楽しみですわね」
夢見る乙女の瞳でメイシャが呟く。
こいつはこいつで、ほんとにブレないなぁ。
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