閑話 軍師の決意


 シュリーライの災厄と名付けられた戦いにおいて、最も撃破数スコアが多かったのは『希望』ではない。

 フロートトレイン、ジークフリート号である。


 最後は大型の悪魔、アモンと相打ちになったものの、じつに二十匹近くの悪魔をその車体で葬ったのだ。

 そのため、なんとジークフリート号には、魔王イングラルから勇者の称号が下賜されることになった。

 生物でもなんでもないのに。


 無茶苦茶な措置だが、どこからも文句が出なかったのは、ジークフリート号の武勲はシュリーライに住む人々なら誰でも知っていることだからである。

 まさに街の救世主であったのだ。

 勇者特急のジークフリート号は。


 そしてその物言わぬ勇者は、新たに作られたフロートトレイン修理用の車両に曳航され、王都リーサンサンへと運ばれていった。

 街の人々の歓声に見送られながら。


 しばらく後、シュリーライの街にジークフリートという名の少年がやたらと増えるのは、もちろんこの勇戦の影響である。


「ジークフリートくんの武功に比べたら、わたしの撃破数なんて、たったの一だしね」


 街の一角、おしゃれなテラスで果汁入りの飲料水などを飲みながらアスカが笑った。


「ただの一じゃないだろうが」


 応じるライオネルが苦笑する。

 こちらは昼間からエール酒などを傾けつつ。


 事件から十日あまり、『希望』の面々はシュリーライに滞在中である。

 とくに深い事情があるわけではなく、街を治めるグラント魔将軍が主催する感謝の宴があったり、絵入り新聞の取材があったり、メグの呪詛を完全に祓うのに時間がかかったりしているだけだ。


 とくに最後のものは重要で、メグが回復するまでライオネルとしては無理に動かすつもりはない。


 仮にザックラントやシュイナが先を急ぎたいと主張したとしても、である。

『希望』は降りるから、べつの護衛を探してくれ、くらいのことは言うだろう。


 もちろん彼が娘たちを何より大切にしているのは、ザックラントもシュイナも熟知していたから、無理な要求などするはずもなかった。

 かなり戯画化していうと、魔王イングラルと会談なんかより、『希望』との友誼を優先したのである。


「いやあ、強かったねぇ。ナイアーラトテップ」


 陽気に笑うアスカ。

 勝ったからこそ笑っていられるが、本当に強敵だったのだ。


「もう一回やって勝つ自信はまったくないよ!」

「それは同意だ。悪魔の中でも上位の存在だったのかもしれないな」


 くいとジョッキをあおり、ライオネルが席を立った。


 悪魔について、彼らはなにも知らないが、いずれきちんと知る必要が出てくるだろう。敵の正確な情報がなければ作戦の構築が独りよがりになってしまうから。


「さて、いい頃合いだろう。メグのところにいくか」

「元気になって良かったよね!」


 アスカも席を立つ。

 仲間が入院している至高神教会の治療院に向かうために。

 退院のお迎えである。






「いつまでも来ないから、王である俺が来たぞ」


 そして夜。

 逗留している高級宿に客があった。


 マスル王国の国王、魔王イングラルである。フードを目深にかぶって顔を隠しているが、何度も会ったことがある『希望』の面々には一目瞭然だ。

 後ろに控えるのは秘書で愛人のミレーヌだろう。


「これだ。これがあるからグラント魔将軍の城に世話になるのは辞退したのに」


 おおげさに嘆いてみせるライオネルだった。


 魔王イングラルという人物はライオネルに対してかなりの親近感を抱いており、友人のところに出かけるような感覚で会いに行ってしまうのだ。

 本来なら止めるはずのミレーヌも、『希望』に会うならと黙認してしまう。


 なにしろサリエリは彼女の従妹なので、かなり信頼しているのである。絶対に口にも態度にも出さないけれども。


「やあ、陛下」

「久しぶりだな。ザックラント卿」


 やたらフランクに挨拶して抱擁を交わす魔王とピラン城主。この二人の友誼もかなり篤い。


「は、はじめてぎょ、御意を得ます。イングラル陛下」


 あまりの事態に呆然としていたシュイナが、慌てて床に片膝をつく。

 緊張のあまり、噛みまくりだった。


 よいよいと笑って、イングラルはすぐに実務的な話に入る。


 といっても話はすでに伝わっている。マスル王国、ガイリア王国、ピラン城、の三国同盟にロンデン王国が加わるとということ。そしてその四国をもって悪魔の襲撃に備えるということ。

 ロスカンドロス王との魔導通信会談で、基本合意に至っているのだ。


 あとは調印式などの日取りや、その会場をどこにするか、などといった雑事ばかりで、役人に丸投げしても良いくらいなのである。


「それに、ナイアーラトテップほどの大幹部がやられたとなったら、しばらくはおとなしいと思うぞ。悪魔連中も」

「ご存じなんですか? イングラル陛下は」

「面識があるわけじゃないけどな」


 言い置いて、悪魔の系譜についての伝承を、少しだけ説明する魔王であった。


 それによるとジークフリート号と相打ちになったアモンという悪魔は序列四位。ナイアーラトテップは序列には入らない員数外の大幹部。

 その二人が加わっているということは、シュリーライ襲撃は、そうとうに力を入れたものだったのだろう。


「それが失敗したんだからな。戦力的にもかなりの痛手を被っているはずで、すぐに動けないだろう」


 もちろん油断は禁物だがと締めくくる。


「そしたら、俺たちの仕事はこれで終わりってことで良いですかね?」


 ふと思いたったようにライオネルが言った。

 魔王もピラン卿も、それどころか『希望』の面々ですら首をかしげる。

 軍師らしくもない言葉だったから。

 彼は、きっちりと仕事を完遂する男だからだ。よほどのことがない限り。


「状況的にまったくかまわないが、なにか理由があるのか? お母さん」

「個人的な話なんですが、修行をし直そうと思いましてね」


 ぽりぽりとライオネルが頭を掻いた。

 ここ最近の戦闘で、彼はほとんど戦力になっていない。

 指揮官として、精神的な支柱として重要な役割は果たしているものの、実効戦力としてはゼロである。


 この状況をライオネルは潔しとしなかったのだ。

 クランリーダーとして、守られてばかりというのは忸怩たるものがある。


「せっかくだから、船に乗ってランズフェローに渡ってみようかと思いまして」


 ライオネルの愛刀、焔断の故郷である。

 そこで、きちんとした使い方も習うつもりだ。


「いいんじゃないか? お母さんが強くなって困る者は誰もいないし」


 鷹揚にイングラルが頷く。

 軽く謝意を述べるライオネルだった。


 そして彼は、娘たちの方を向く。

 一人で行くからお前たちはクランハウスに帰れと伝えるために。


 しかし、


「一緒に行くに決まってるでしょ!」と、アスカ。

「なぜ一人で行こうとするのか、理解に苦しみます」と、ミリアリア。

「東大陸の美味がわたくしを待っておりますわ」と、メイシャ。

「うちが通訳しないとぉ、困るんじゃない~」と、サリエリ。

「オレがいないと情報も集められないスね」と、メグ。


 全員、ついて行く気まんまんだった。

 降参だとでもいうように、ライオネルが両手を挙げる。


「判ったよ。みんなで一緒に行こう」と。








第四部 完

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