第133話 シュリーライの災厄(2)


 ジークフリート号が真正面から大型の悪魔に衝突する。

 がっちりと両の腕で受け止める悪魔だったが、せめぎ合いは一瞬だった。


 ものすごい力でフロートトレインは横転させられ、同時に悪魔は黒い塵と化していく。


「みんな! 脱出しろ!」


 横倒しになった車体から、俺たちは次々に飛び出す。

 ちゃんと備えていたため重傷などを負った者はいないようだ。

 回復魔法の用意をしていたメイシャが、構えていた錫杖を降ろす。


 フロートトレインの魔力炉が弱々しい唸りをあげ続けていた。

 それはまるで、自分はまだ戦える、まだ走れると訴えているようで、俺は思わず車体に手を伸ばす。


「お疲れさん。ジークフリート号。もう充分だ。あとは俺たちに任せて、ちょっと休んでいてくれ」


 言い置いて、残っている悪魔どもに視線を向ける。

 あと四匹。

 中央部に立つのは背の高い浅黒い肌の男だ。


「まさかアモンまでやられるとは思わなかったよ。悪魔軍団が壊滅状態だ。人間はすごいね」


 俺と目が合うと、なんだか小馬鹿にしたような口調で話しかけてくる。

 アモンというのは、おそらくジークフリート号と相打ちになった大型の悪魔のことだろう。はっきりいって、悪魔の名前なんかにこれっぽっちも興味はないが。


「すごいと思ったら、そのまま巣に逃げ帰っても良いんだぜ。特別に、追撃はしないでおいてやるからさ」


 にやりと笑って返してやる。


 二十以上の悪魔、つまり全軍の八割の戦力を失ったわけだから、もう敗北は確定だ。

 これ以上戦い続けても意味がない。

 撤退を選択するのはおかしくもなんともないだろう。


 人間ならね。


「いやあ、でもこっちはまだ四人もいるし、人間の街を一つ滅ぼすくらい余裕でしょ」


 まあ、そうなりますよね。


 悪魔の戦闘力を考えたら事実だし、こいつらに仲間意識なんか存在しないから。

 何匹やられようと、その中に自分が含まれようと、べつに気にも止めないだろう。

 そういう連中だ。


 けど、軍師がその程度のことも計算に入れてないと思うかい?


「余裕ね。本当にそうかな?」


 俺が答えた瞬間、街壁の上に人影が現れる。十や二十ではない。何千という数の人々だ。


『『希望』! 『希望』!! 『希望』!!!』


 大合唱が始まる。

 腕を振り上げ、足を踏みならし。


 シュリーライに住む人々の士気は、異常なまでに高まっているのだ。


 それはそうだろう。

 絶体絶命のピンチに駆け付けて二十匹以上の悪魔を葬ったフロートトレイン。最後は相打ちの形で横転したものの、そこから登場したのは伝説級の英雄、冒険者クラン『希望ホープ』だ。


 ボルテージだってあがる。

 そして、そもそも魔族というのは悪魔を激しく憎んでいるのだ。


 あまりの気勢に、中心にいる浅黒い悪魔以外がややたじろぐ。そして、その隙を見逃すような、かわいげのある娘たちではない。


「八つ裂きリング!」

「イフリートカノン~」


 ミリアリアとサリエリの魔法が一体ずつを葬り、突然のことに驚いた悪魔の背後に現れたメグが無銘のマジックナイフを背中に突き刺す。


「グ……ガ……?」


 信じられないようなものでも見ように振り返った悪魔の足元に魔方陣が描かれた。


「ここは神前ですわ。頭を垂れなさいませ」


 地面から吹き上がった聖なる光のなか、悪魔の姿が消えていく。

 これで、残り一匹である。


「……なるほど。計算していったわけかい。こうなることを」

「計算ってほどじゃないさ。誰でも判るだろ? もしかしてアンタには判らなかったのか?」


 唇を歪め、思い切り煽ってやった。


 もちろん俺は浅黒い悪魔のいうとおり、ちゃんと計算していた。

 さすがにフロートトレインが横転させられるまでは読めなかったが、良いタイミングで姿を現し、城市内の士気を一気に上げるつもりだったのである。


 うまくいけば、街の中にいるであろうマスル軍と連携できるかもしれないからね。

 けど、結果は予想以上だった。


 たぶんグラント魔将軍の指示なんじゃないかな。街壁の上から大声援は。

 あれで悪魔たちの間に隙ができたため、損害なしで三匹も倒すことができた。まったく見事なタイミングという他がない。


 でも、それをわざわざ教えてやる必要はなく、こんなことも判らなかったのか、と、バカにしてやったのだ。

 相手を怒らせ、冷静な判断力を奪うために。


「判らなかったよ。軍師ライオネル。君の知謀は軍神もかくやというほどだね」


 小馬鹿にしたように手を叩く。

 うーむ。

 煽り合戦は意味がなさそうな相手だな。


 人をバカにするのに慣れているというか、あるいは自分自身すらバカにしているというか、そんな感じだ。


「で、たったひとり残ったアンタはどうするんだ? やりあうかい?」


 自信満々に言い放つが、内心としては逃げてくれって気持ちで一杯である。


 なんかこいつ得体が知れない。

 今まで戦ってきた悪魔と違うような気がする。

 戦うより、逃げてくれた方がずっとありがたい。


「まあ、そうするしかないだろうね。死んでいった悪魔たちの弔い合戦ってやつだから」

「襲ってきておいて、弔い合戦もなにもあったもんじゃないけどな」


 軽口を飛ばし合いつつ、俺は背筋を這い回る怖気を感じていた。

 気持ちの悪い悪魔である。


「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」

「べつに知りたくもないけどな」

「つれないことを言わないで欲しいな。僕だけが君たちのことを知っているのも不公平でしょ」

「有名人だからな。仕方ないと思ってるさ」


 そろりそろりと焔断に手を伸ばす。


「僕の名前はね。ナイアーラトテップだよ」


 男の声が耳に届いた瞬間、俺は地面に片膝をついてしまった。

 名前にすら言霊が乗るほどの悪魔か。

 やばい、と、思ったときにはナイアーラトテップのにやにや笑いが、すでに眼前に迫っていた。


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