第132話 シュリーライの災厄(1)
怒られるどころではなかった。
「黒煙多数。あきらかに戦闘状態です。母さん」
シュリーライの街壁を遠望してミリアリアが報告する。
どこのバカがマスル第二の都を攻撃するんだって感じだけど、接近したら敵の正体はすぐにわかった。
悪魔どもだ。
数十の悪魔が飛び回り、街に攻撃魔法を投げつけているのである。
シュリーライの街には当然のように至高神の防御結界が張られているだろうが、あちこちで食い破られ、いくつもの建物が炎上しているのだろう。
「ネルママ。結界はもういくらも保ちませんわ」
大司教級の実力をもつメイシャが危機を告げる。
結界が破られてしまったら悪魔たちがシュリーライになだれ込む。数十の悪魔だ。
かなりの被害が出るだろうこと、万に一つも疑いがない。
「むしろ、住民が皆殺しになってもおかしくない数だな。こいつは」
やや青ざめた顔のザックラント。
「見えるだけでも悪魔が二十以上います……もう終わりです……」
シュイナの方は絶望に支配されかかっている。
「大丈夫スよ。攻め込まれる前にオレらが到着したんスから。こっから人類の大逆転ス。ね? ネルダンさん」
その震える肩に手を置き、メグがシュイナの顔を俺に向けさせた。
「まあな。悪魔一匹で金貨千枚としても、孫の代まで遊んで暮らせそうな褒美がもらえるだろうな」
俺はにやりと不敵に笑って見せる。
指揮官たるもの、自信のない素振りなんかしてはいけない。
ふてぶてしいほど傲岸不遜でいた方が良いのだ。
まして相手は悪魔である。怖いとか、もうダメだとか、そういう負の感情を表に出してしまったら、それを食われてエネルギーにされてしまう。
「軍師ライオネル……」
「二匹も二十匹も同じだよ。こっちにはジークフリート号があるんだからな」
自信に満ちて言い放ち、俺はメイシャに視線を送った。
「前にレギオンとかを引き寄せたあの結界、使えるか?」
「もちろんですわ」
力強くメイシャが頷く。
俺がやろうとしていることをすべて理解している顔で。
「そしてジークフリート号にホーリーフィールドですわね」
「正解。さすがメイシャだ」
上空を飛んでいた悪魔たちが地上へと舞い降りてくる。まるで誘蛾灯に導かれるように。
そこに、フロートトレインが猛スピードで突っ込む。
最初から最高速だ。
この速度そのものが武器となる。
「そしてもちろん、メイシャの神聖魔法もな」
車長の席で俺は唇を歪めた。
ジークフリート号にはねられた悪魔どもが、断末魔を残して黒い塵に変わり、風に溶けていく。
五匹六匹と。
「よし。良い調子だぞアスカ。一度街の横を通過して、今度は後進一杯だ」
「あいあいさ!」
元気な声が返ってくるが、敵もやられているばかりではない。
攻撃魔法が次々と放たれ車体を削る。
ドアや窓が弾け飛び、操縦席のある先頭車両にも風が吹き込んできた。
「いちいち窓を開ける手間がなくなりました。いきますよ。サリエリ」
「りょ~」
ミリアリアとサリエリの魔法が打ちあがり、いまだ上空にいる悪魔の中心部で衝突する。
瞬間、轟音とともに爆発が巻き起こった。
フレアチックエクスプロージョンの魔法である。
『希望』の最大火力だ。
「悪魔三体が消滅。目視で確認したス」
目の良いメグが
「よし。フルーレティより弱いっぽいのもいるな」
なにしろあの悪魔は、この爆発の中でも平然としていたから。
キノコ型の雲が湧き上がり、雨が降り始める。
そして戦域を通過したジークフリート号が、ぼろぼろの身体で後進を開始する。
また四匹ほどの悪魔を轢き殺して。
「すごい……あっという間に十匹以上を……」
シュイナが驚嘆の声を上げるが、敵はまだ半分くらい残っている。
この戦法でどれくらい削れるかはまだまだ予断を許さない状況だ。
「ネルママ。街の結界が補強されましたわ」
「よし。さしあたりそっちは良いな」
メイシャの声に頷く。
これで街の人々には、ある程度の安心感を与えられるだろう。
すなわち、悪魔どもは人々の絶望を食うことができないというわけだ。
「にゅうぅ。一発で合体技だって見抜かれたっぽい~」
サリエリの泣き言だ。
悪魔が高速で飛び回るせいで、フレアチックエクスプロージョンの使いどころがなくなってしまったらしい。
魔法のことはよく判らないが、大きい魔法だけに狙いの付け方が難しいのかもしれないな。
「一匹ずつ削るまでです。八つ裂きリング!」
フェンリルの杖から生まれた高速回転する氷の輪が、
と、同時に衝撃がフロートトレインを襲う。
「四号車五号車大破だよ! これ以上の後進は無理!」
「前進に切り替え! 後ろ二両は
「アイアイ!」
がこんという振動が伝わり、いままで先頭だった五号車と、四号車が切り離される。
これで推力は四割ほど落ちてしまった。
「けど、まだまだいけるよな。ジークフリート号」
語りかけた声に応えるように、フロートトレインの魔力炉が唸りを上げる。
もう後進はできない。
ひたすら前進しながら攻撃するのみだ。
大きく弧を描くように疾走し、一匹また一匹と轢き殺していく。
「アスカ! 前方に大型の悪魔ス」
「見えてる! このまま突っ込むよ!」
メグの警告にアスカが応える。
相手はフロートトレインの一両分くらいはありそうな巨体だ。
こちらの動きを止めようと待ち構えている。
さすがに真っ向勝負というのは無茶すぎるだろう。
「アスカ。回避行動は取れないか?」
「ごめん母ちゃん。無理。もう舵が利かないの」
ぽいっと俺に放ってきたのは、酷使に耐えかねて折れてしまった操作レバーだ。
そっか。無茶させすぎたもんな。
俺は一度瞑目し、息を整えた。
「前進全速。目標、大型悪魔。各員は衝撃に備えろ!」
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