第129話 襲撃


 ず、ん、と重い音が響き、振動が伝わる。


 襲撃か、事故か、災害か。

 現状では何一つ判らないが、すぐにベッドから跳ね起きて身支度を調え、娘たちに指示を飛ばそうとして苦笑した。


 一人部屋である。

 まずは合流しなくてはなにもできない。

 ブレストプレートを装着し、剣帯に焔断を佩く。


「よし。いくか」


 独りごちて廊下に出れば、ちょうど隣室からメグが出てきたところだった。

 太腿にくくりつけたダガーは新装備のマジックアイテムである。


「メグ。ちょうど良かった。右回りで各部屋をまわってくれ。合流はこの場所で」

「了解ス」


 すぐに駆け出してくれる。

 なにが起きているのか、などと無駄な質問をせずに。

 それを調べるのも合流してからの話だから。


 俺はメグとは反対回りで部屋の扉を叩いていく。


「アスカ。準備はできてるか」

「もちろん」


 間髪入れずに赤毛の剣士が廊下に出てきた。

 戦闘態勢は完璧に整えられている。


 たぶん俺かメグがくるのを待っていたのだろう。下手に動き回って行き違いにならないように。

 おそらくは他のメンバーも同じだ。

 この状況で動くのは俺と斥候のメグ。他は戦闘態勢のまま待機。というのが基本方針である。


 やがて、シュイナとザックラントを含めた全員が俺の部屋の前に集まったが、そこまでに小半刻(十五分)ほどが経過していた。

 まさに無駄な時間というやつで、俺としては肩をすくめるしかない。


「では調査開始だ。なにが起きているか判らないから一団となって行動しよう」


 先行偵察がメグ、前衛にアスカとサリエリ、中衛が俺で、後衛のメイシャとミリアリアが、シュイナとザックラントの護衛を兼ねる。

 もっとも、シュイナは自分も戦えると主張したから、ザックラントを守ってくれという方便を使っているのだが。


 全方位を警戒しながら階下へと移動する。


「ネルダンさん。フロートトレインの駅が襲撃されたらしいス。駅舎が燃えてるス」

「そいつは豪気だ。犯人はわかるか?」

「悪魔悪魔って騒いでするスね。オレは見てないんで、割り引いて考えてくださいス」

「判った」


 頷き、俺は短期的な作戦を構築する。

 襲撃者が悪魔だった場合の対処と、そうでなかったときの対処だ。


 どちらしても戦闘は避けられないだろうが、前者が相手だとすると市街地で戦うのはまずい。

 街の人に被害が出てしまうし、アエーシュマのように無差別な生命力の吸収なんてやられたら、ちょっと洒落にならないからだ。






 駅はパニックになっていなかった。

 深夜だから。


 いるのは泊まり番の係員くらいなもので、客はホテルで寝ているし、その客を目当てにした土産物屋や飲食店などもさすがに閉まっている。


「襲撃のタイミングとしては意味不明ですね。だからこそ相手が容易に想像できますが」


 苦り切った顔のミリアリアだ。


 経済にダメージを与えるためにフロートトレインを狙うというのは、現段階ではほとんど意味がない。

 まだまだ運行は始まったばかりで、リーサンサンから新ミルトまでしか走っていないから。


 ガイリアまで運行され、恒常的に人や物を運ぶとなれば大動脈として非常に重要なポジションになるが、まだまだ利用者も少ないし狙う価値としては低いだろう。

 しかも、構造解析が終わっているため、来年には何両かのフロートトレインが完成するという話を、俺は魔王イングラルから聞いている。


 だから現時点でフロートトレインや駅舎を攻撃するというのは、嫌がらせ以上の意味はないのだ。

 つまり、人間の戦略家が取るような作戦ではない。


「ネルママはけこっう嫌がらせ作戦をやりますけどね」


 すぐにメイシャが混ぜ返した。


 ほっといてちょうだい。

 俺がやってる嫌がらせには、ちゃんと戦略的な意味があるんだから。


 嫌がらせのためだけに嫌がらせをする悪魔と同列に扱われたら、お母さん泣いちゃうわよ。

 あ、いや。意味はあるのか。

 俺たちを殺すっていうね。


「そういうことだろ。悪魔ども」


 駅舎の上に立ち、炎をまき散らしている影を睨み付ける。


「我はカイムだ。軍師ライオネルよ」

「名前まで憶えてもらって、恐縮するね」


 軽口を飛ばしつつ、俺は背筋を冷たい手が這い回るのを感じていた。

 悪魔に顔と名前を憶えられるなんて、良いことだなんて思えないもの。


「そりゃあ憶えるでしょうよ。悪魔を三人も倒した人間がいるなんて、にわかには信じられないもの」


 燃えさかる駅舎の中からスレンダーな女が現れる。

 ワインに血を滴らせたような甘い声だが、左手で係員の遺体を引きずっている姿に、魅力を感じる人間はそうそうはいないだろう。


「はじめまして。軍師さん。ブーシュヤンスターよ」

「ごていねいにどーも」


 白けた顔で応えたが、余裕なんかゼロである。

 悪魔が二匹だ。

 一匹ずつ単独で出てきても苦戦必至なのに、同時に二匹なんか相手にできないぞ。


 もし仮にこちらが優勢になったら、街の人たちの生命力とか吸収しそうだし。

 いや、そもそも悪魔の襲撃ってことで人々はびびってるよね。

 ということは、負の感情をたっぷり吸収してるってことじゃないか。


「母さん。どうします? 大盤振る舞いですが」


 こてんとミリアリアが小首をかしげる。

 可愛らしい仕種だが、内心は穏やかでないだろう。


 現状では、ちょっと勝算が立たなすぎるから。

 せめて、なんにもない草原とか、そういうところに行きたいよね。


「大盤振る舞いされても持ち合わせがないからなぁ。食い逃げするしかないんじゃないかな」


 俺の冗談に、仲間たちがかすかに笑った。

 どうやら通じたようだね。


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