第128話 列車酔いダークエルフ


 街道の横に新設された専用レーンをフロートトレインが滑るように走る。

 揺れはほとんどない。

 前に使ったときは草原とかを走っていたからね。それなりに揺れたんだ。


「窓の外をこんな速さで景色が流れていくなんて。なんだかおとぎ話の世界ですね」

「ああ。そうだな」


 無邪気にはしゃぐシュイナに、俺は複雑な笑みを向けた。

 兵器として使ってしまった張本人だからね。


 本来はこの使用法が正しい。

 人と物を乗せて都市間を結び、文化と文明の発展に寄与することこそフロートトレインの意義だろう。


「ああ。また宿場を通過してしまいましたわ。あそこは魚の塩焼きが最高ですのに」


 そしてメイシャが嘆いている。

 リーサンサンに到着するまで、停まる宿場は二つだけだもの。それぞれの宿場町で名物を食べるという彼女の楽しみはほとんど満たされないのだ。


「こんなつまらない旅は嫌ですわ」

「なるほど。そう感じる人もいるってことか」


 思わず感心してしまったよ。


 高速移動に価値を見出す人ばかりではない。

 程度の差こそあれ、メイシャのようにのんびりとした旅を好む人だっているだろう。


 考えてみたら、それはそれで悪くないよな。

 みんなとわいわい騒ぎながら宿場から宿場へ。

 名産品に舌鼓を打ち、旅籠で休み、そしてまた次の街へと。

 そういう旅も良いものだ。さすがに野宿は勘弁だが。


「でもメイシャ。ジークフリード号でしか買えないお弁当というのもあるそうですよ。もう少ししたら売りにくるんじゃないですか?」

「それは良いですわね。フロートトレインの旅、最高ですわ」


 ミリアリアからの情報に、一瞬でフロートトレイン肯定派になるメイシャだった。

 こいつの場合、美味しいものさえ食べられればなんでも良いのである。

 欲望に対してブレない女なのだ。


 これで在野ながら司教の位を持っているのだから、至高神教会はあなどれない。


「あ、そうだネルネルぅ」


 ふと心づいたようにサリエリが口を開いた。


「どうした?」

「うちぃ、酔ったかもぅ、きもちわるぃ~」

「なんですって?」


 長い耳までのへーっと垂れちゃってる。


 あなた空飛ぶリアクターシップ平気だったじゃない。魔導汽船エーテルシップだってもっと揺れたじゃない。

 いや、そもそもオペレーションオロチのとき、フロートトレインに乗ってたよね。


「揺れるならちゃんと揺れた方がいいのぅ。この微妙な感じがくるのぅ。吐くのぅ」

「まてまて。トイレに連れて行ってやるから」


 肩を貸し、腰のあたりを支えながら、各車両に設置されたトイレへと向かう。


 あ、ちなみにフロートトレインも、リアクターシップやエーテルシップと同様に垂れ流しね。

 ようするに、専用レーンの上には○○○や○○○○がまき散らされてるってこと。

 ひどい話だよな!


 トイレで背中をさすり、思い切って出させてやる。

 馬車に酔う人とかもけっこういるけど、そういうときには我慢しないで吐いちゃった方がラクになるのだ。


 あとは横になって目を閉じていれば良い。

 だぶんサリエリたちダークエルフは人間よりずっと感覚が鋭いから、フロートトレインのあるやなしやの揺れを感知してしまうのだろう。


「あぅぅぅ~」

「大丈夫か? 立てないなら抱えてやるぞ」

「よろ~」


 ぐったりと身を預けてくる。

 抱きかかえれば、やっぱり軽いな。エルフ族って本当に華奢だ。

 これでアスカと一緒に最前線でごりっごりの削り合いをするんだから頭が下がるよ。


「しっかり掴まってろよ。いくらサリエリが軽くてもだらっと脱力されたら落としてしまうからな」

「あぅぃ~」


 よく判らない返事に苦笑しながら席に戻ると、娘たちが座席を移動させたり組み替えたりして簡易ベッドを用意していてくれた。

 とりあえずそこに寝かせる。


「苦しくないか? 服を弛めるか?」

「ネルママ。ここからはわたくしにお任せですわ」


 世話を焼く俺を押しのけ、メイシャがサリエリに寄り添った。

 考えてみたら最初から彼女に委ねればよかったじゃん。


 なんで俺、サリエリの服まで弛めようとしてるんだか。

 心配性も度がすぎるだろう。





 そして、宿泊予定の宿場に着くころには、だいぶサリエリも元気になってきた。

 身体が慣れたのだろう。

 このあたりはさすがの順応力である。


「お弁当たべそこなったぁ」


 なんて嘆いているところをみると、食欲も戻ってきたようだ。


「元気になって良かったよ」


 銀色の髪を一撫でして、俺はフロートトレインを降りる。


 おおっと。

 たしかに地面がぐらぐらするように感じるな。


 気づかなかっただけで、揺れの影響はあったらしい。


「まいったまいった。こんなときに襲撃されたら大変だぞ」

「ネルダンさん。そういうことを言うと現実になるスよ」


 メグがくすくすと笑う。

 俺も彼女も、あくまでも冗談のつもりだった。

 このときは。


 フロートトレインの乗客のための宿は、ものすごい高級宿だった。

 そりゃそうか。乗車料金がものすごく高いもんな。

 自腹だったらかなり躊躇ってしまうレベルである。今回はガイリア王国がもってくれてるから遠慮なく利用できたけどね。


「ただ、全員が個室ってのはいただけないな」


 ホテルのフロントで渡された鍵を見て、俺はつぶやいた。

 いつも通り全員で大部屋で良かったのに。

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