第130話 闇を切り裂け!


「先にあのブーシュなんとかをやっつけるぞ! 弱そうだから!」


 焔断を抜いた俺は、びしっとブーシュヤンスターを指し示す。

 間髪入れずにアスカとサリエリが突進し、それを追い抜いて六本のアイシクルランスが女悪魔に迫る。


「いきなり全力攻撃とか!? バカなの!?」


 驚愕の声を上げ、右手に現出させた細剣で次々と氷の槍をたたき落とすが、そのときにはもう二人の剣士が目前に迫っていた。

 速度を落とすことなく、駆け抜けざまにオラシオンとエフリートが振るわれる。


 回避も防御もできるような間合いではないが、それでもなんとか細剣でサリエリの一撃をはじいたのは驚嘆に値する戦闘力だろう。


 しかし、アスカの攻撃はサリエリのそれよりさらに鋭い。

 寸分の狂いもなく首筋を狙ったオラシオン。


「があぁぁぁ!」


 飛んだのはブーシュヤンスターの首ではなく、左腕だった。

 なんとこの悪魔は、左腕を犠牲にして急所を守ったのである。

 すべてを失うのではなく一部を失うにとどめた。凄まじいまでの勝負勘だ。


「なかなかやるね!」


 振り返ったアスカが素直に賞賛を送る。


「ニンゲン! なめる……な……?」


 そのアスカを睨み付けたブーシュヤンスターの目が点になった。

 なにしろ、いつの間にかアスカが殿軍しんがりになっていたから。


 他のメンバーは、スタコラサッサと燃える駅舎に突入している。

 なにが起きているのか、女悪魔には理解できなかっただろう。


 やっつけるぞと宣言したのに、普通に横を通過してしまっているのだから。

 もちろん俺の言葉はフェイクだ。

 

「今日はここまで! ばいばい!!」


 踵を返してアスカも俺たちに続いた。


「ふざけるな!」


 嘲弄されたのだと悟ったブーシュヤンスターがその後を追う。

 そして三歩目で、絶叫をあげて転倒した。


 メグがばらまいたカルトロップまきびしに足を貫かれて。もちろんこの小さな凶器には、メイシャの神聖魔法が施されている。


「考えてみたら、カルトロップの戦果ってすごいよな。『希望うち』」

「アスカもサリエリも強いスから。敵の注意が全部そっちにむくんスよ」


 走りながらつぶやいた俺にメグが笑って見せた。


 いまもブーシュヤンスターはアスカしか目に入っていなかったため、足元のマキビシヶ原には気づかなかったのである。

 まさに小細工に足をすくわれた格好だ。


「正々堂々、というのとは対極にある戦い方スけどね」

「ま、悪魔相手に戦士の心得なんか語っても仕方ないさ。勝てば良いんだよ」


 トリックや小細工、策謀などを用いて味方を勝利に導くのが軍師の仕事だ。

 娘たちは俺の戦い方を見ているから、けっこう罠を張ることに躊躇いがない。


「つまり、教師が悪いのですわね。ホーリーフィールド」


 ひどいことを言って笑ったメイシャが結界魔法を使う。

 俺たちを包むためではなく、単なる障害物として。


 悪魔はこの中には入れないので、迂回するか力技で解除するしかない。ようするに時間が稼げるというわけだ。

 人々を守るための聖なる結界を足止めに使っちゃうんだから、この司教はあなどれない。


「俺のせいみたいにいうなよう」

「いえ。だいたいネル母さんのせいでしょう」


 異議を申し立てた俺に、ミリアリアが苦笑する。

 はるか後方で、なにやら女悪魔が怒鳴っていた。





 燃える駅舎に飛び込んだのは、べつに焼身自殺するためではないし、炎の中で悪魔と戦うためではない。

 逃げるためだ。


 なにしろ駅舎の中にはそのための手段がある。

 フロートトレイン『ジークフリート』だ。


 そして、なんと俺たちはそれの操縦方法を知っている。


「サリエリ!」

「りょ~」


 乗降扉の解除コードを使えば、まずは勇者がトレインに飛び込む。もちろん内部の安全を確認するために。


 続いてザックラントとシュイナ。

 メグとメイシャ、ミリアリアが乗り込み。後ろを守っていた俺とアスカが最後である。


 このときにはもうサリエリは先頭車両に移動して発進準備に入っていた。


「いつでもいけるよぅ。ネルネルぅ」

「わかった」


 俺は車長の席に、ミリアリア観測手の席に、そしてアスカが操縦席につく。


「前方、障害物なしです。母さん」

「『ジークフリート』、発進!」

「ヨーソロー!」


 大蛇作戦以来、久しぶりの操縦に声を弾ませアスカが前進レバーを押し倒した。

 けたたましい警笛とともに、フロートトレインが滑り出す。

 闇の中へと。


「逃すか!」


 集音マイクが外の音を拾う。

 カイムとブーシュヤンスターが空を飛んで追いすがってきたのだ。


 フロートトレインはかなりの高速で逃げているのだが、なかなか引きはなせない。

 さすがは悪魔というところだろう。


「メイシャ。観測手を代わってください。迎撃します」

「判りましたわ」


 大蛇作戦のときとはちがって、煌々と投光器が前方を照らしているから暗視の魔法は必要ないのだ。

 窓を開けたミリアリアが半身を乗り出す。


「きをつけるスよ」


 落ちないようにメグがその身体を支えた。

 フロートトレイン自体には武装がないので、攻撃は乗っている人間の魔法によるしかない。


「アイシクルランス! スリーウェイ!」


 強力な魔法を次々放つが、やはりミリアリアひとりでは密度が足りないだろう。

 後方からは悪魔たちの魔法が飛んできて、『ジークフリート』の周囲に着弾する。


 どちらも高速移動しているのでそう滅多に命中はしないが、シュイナなどはずっと青ざめた顔をしていた。

 生きた心地がしないのだろう。


「とはいえ、このままじゃじり貧なのは事実だ。どうするかな」


 悪魔二匹を引き離せない。

 追いつかれて車内に乗り込まれてしまったら、ちょっと勝算が立たない。となればどこかで停車して野戦か。


 それも厳しいんだよな。

 なんといっても悪魔が二匹だもの。


「アスカ。前進全速。なんとか振り切ってくれ」

「アイアイサー! 任せて!」


 ぐん、と『ジークフリート』が加速した。

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