第127話 ジークフリート号
顔つなぎだけしたら退出するつもりだったのだが、ロスカンドロス王にシュイナと一緒に話を聴くよういわれてしまったので、やむなく同席することになった。
だってさあ、これもう巻き込まれたのと同じことだよね。ガイリア、マスル、ピラン城、そしてロンデンっていう四つの国の外交交渉に。
俺、一介の冒険者なんだけどなぁ。
『いまさらだな。母さんが一介の冒険者だったら、予は一介の王様だ』
「その呼称は意味不明すぎます」
なんだよ一介の王様って。
王様ってのは唯一無二の存在でしょうが。
『お前たちに直接攻撃を仕掛けてきたということは、悪魔どもにとって四国同盟はよほど嫌なのだろうな』
「ですね。ここまで目的がはっきりした行動って珍しいと思います」
冗談から、真面目な話に切り替わる。
この流れになれていないシュイナは目をぱちくりさせているが、俺とロスカンドロス王の会話って、いっつもこんな感じなんだよね。
ずっと真面目な感じでもないし、ずっとふざけているわけでもない。
こういうスタンスをずっと保ってくれるから、俺としてはすごく付き合いやすい王様なのだ。
「ただ付け加えるなら、三国同盟だって面白くはないんだと思いますよ。できれは人間たちには互いに殺し合っていてもらいたいでしょうから」
結びつくにしても、右手で握手を交わしつつ背中に隠した左手には毒のナイフが握られている。そういう関係が望ましいはずだ。
ガイリア・マスル・ピラン城の三国のように非常に理性的で理知的な関係は面白くない。
団結して悪魔と戦おう、なんてことを企画して実行できるような連中は是非とも消えてもらいたいと思っているだろう。
そこにロンデンが加わるとすれば、悪魔側の勝算だってがくっと下がるからね。
「同盟が成立してしまえば、悪魔はしばらくおとなしくなると思いますよ」
悪魔は一か八かという賭けをしない。
強固に結びつき、すでに悪魔を三匹も討伐している英雄が存在しているような時代に仕掛けたりしないのだ。
やつらは時期を待つ。
四国同盟が形骸になり、文明が停滞し、人々が平和に倦み、現状を破壊するなにかを期待する人々が増えるまで。
「まず五十年や百年ってタイムスケールではないでしょう」
『ようするに我らとしては、迎撃の準備が整ったぞ。さあいつでもかかってこいとアピールできたら勝ちということだな』
王の言葉に頷く。
永遠にではないけれど、かなり長期間にわたって悪魔の蠢動を封じ込めることができる。
もちろん、いずれまた動き出すだろうが、それはそのときの世代が対処するべきことだ。
悪魔をすべて殺し尽くす、なんてことができない以上、ひたすら対症療法を続けるしかないのである。
『ちなみに倒した悪魔は三匹ではなく四匹だ。母さんの留守中に現れたウコバクという悪魔を、カイトス将軍たちがやっつけたからな』
「さすがです」
俺は笑みを浮かべる。
カイトス将軍とキリル参謀に率いられたガイリア軍だ。悪魔にだってそうそう後れを取ったりしない。
「アエーシュマを倒した『希望』も頭おかしいと思いましたが、ガイリア軍も相当おかしいですね」
悪意のない口調でシュイナが言い、穏やかに微笑した。
敵対したリントライトが愚かすぎる、と。
どうでも良いんだけど、頭おかしいというのを褒め言葉として使うのは如何なものだろう。
俺はぜんぜん頭おかしくないからね?
『皆、母さんとの付き合いが長いからだよ。シュイナ嬢。朱に交われば赤くなるというやつだ』
「なるほど」
なるほどじゃねえよ。
「陛下も。俺のせいみたいに言うのはやめて欲しいんですが」
俺の苦情を受け、ロスカンドロス王とシュイナがからからと笑う。
まったく反省の色もなく。
いい加減にしろよお前ら。泣いちゃうぞ?
シュメイン王からの依頼は、これでいったん終了である。
無事にシュイナを新ミルト市まで護衛し、ガイリア王ロスカンドロスに紹介したからね。
で、今度はロスカンドロス王からの依頼がきた。
シュイナをマスル王国の王都リーサンサンまで護衛して、魔王イングラルに紹介してやってくれと、と。
便利屋じゃないんだぞと言いたくなるけど、じつは冒険者なんて便利屋みたいなものだ。
遺跡に潜ったりモンスターを討伐したりだけでは、なかなか生活が成り立たないので便利屋めいた仕事だってけっこうこなすのである。
「王様から依頼されて、別の国の王妹殿下を、魔王様に引き合わせるなんて仕事が、便利屋の仕事なわけがないじゃないですか。しっかりしてくださいよ。ネル母さん」
「お、おう。肩書きでいうとやたら重いな。胃がもたれそうだ」
「それは、今食べているステーキが問題なのでは? 食べ過ぎないようにしてくださいよ」
ミリアリアに怒られちゃった。
なんか最近、彼女の方がお母さんっぽいよね。
ともあれ、次の行き先はリーサンサンである。しかもシュイナだけでなく、ピラン卿のザックラントも同行する。
魔導通信で事情を説明したら、会談は一回で済ませた方が良いだろうってことで同行を申し入れてきたのだ。
相変わらず、散文的なまでに実際家である。
「フロートトレインですか。楽しみですね」
おもに甘味を楽しみながらシュイナが言った。
新ミルトからリーサンサンまでは、開通したばかりのフロートトレイン『ジークフリート』号を利用する。
わずか三日行程だ。
歩けば十日以上かかる距離だけどね。
「はやいよー!」
「アスカは乗ったことがあるんですか?」
「乗った乗った。運転だってしたことあるよ!」
「ほんとうに謎の経歴ですね。『希望』って」
呆れたように首を振るシュイナだった。
俺も大筋において同意見である。
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