第126話 それは冒険者のたしなみ?


 悪魔を倒したからといって、死んだ人が生き返るわけではない。

 アエーシュマの襲撃に巻き込まれて亡くなったのは二十人ほどの旅人や行商人だ。まさにとばっちりというやつで、死んでも死にきれないだろう。


 なので、きちんと弔ってやらないとアンデッド化してしまう可能性がある。

 俺たちは協力して街道脇の草原に遺体を並べ、聖女メイシャが聖句を唱えて魂を天に送ってやった。

 正直、それくらいしかしてやれることはない。


「身元のわかるようなものがあれば回収してくれ。新ミルトの冒険者ギルドに届けてやるから」


 持っていた現金などと一緒に冒険者ギルドに届けておけば、そこからガイリア政府に渡って「悪魔アエーシュマによって殺されたから遺族は遺品を取りにくるように」と広場に高札が立てられることになる。


「シュイナ。すまないがかさばる荷物は放置するしかない。置いていってくれ」

「けれど、これはなかなかの品物ですよ。軍師ライオネル。街に持っていって売れば、けっこう良い値段がつくかと」


「着服する気だったのか!」

「だって、これは持ち主が特定できないし」

「このお姫様、はかりしれないぜ……」


 びっくりである。

 女騎士シュイナというのはロンデン国王のシュメインの妹だ。建国前だって侯爵家の公女だったわけで、金に苦労したことなんかないはずなのに。

 死体から剥ぎ取るなよ……。


「軍師ライオネル。街道脇に放置したところで世に還元されるわけではありません。私たちで有効に活用して経済を回した方が、多少は世のため人のためになるでしょう」


 すごくもっともらしい理屈を並べてるけど、それってべつに俺たちである必要はないよね。


 これから街道を通る人たちが、遺体に祈りを捧げなから拾っていくだろうから。

 けどまあ、誰でも良いなら俺たちがやったって同じか。


「わかったよ。けどあんまりかさばらないものを三つまでな。あれもこれもってやるときりがないから」


 ため息とともに許可を出した。


『はーい!』


 すると、なぜか娘たちも目を輝かせて死体に群がっていく。


 お前らな……もう『希望』は充分に金持ちだろうが……。

 死体を漁るほど困窮してないだろ……。


「それはそれスよ。リスクなしで手に入るって判ってるのに見過ごすなんて、冒険者のやることじゃないス」


 ふふんとメグが笑う。

 その手には大振りのダガーだ。あきらかに魔法の品物マジックアイテムと判る。


「え? なにそれメグ。ご遺体が持ってたの?」

「無銘スけど、なかなか良さげな短刀ス。ありがたく使わせてもらうスよ」


 ほくほく顔だ。

 いや、そりゃほくほくもするでしょうよ。

 マジックアイテムだもの。


「やべ。ちょっと俺も漁ってくる」


 慌てて俺も死体の方へ走っていった。






 この界隈で、いま最も勢いがある街は新ミルト市だろう。

 なにしろいつだって何かが建設中で、人口は毎日増え続けており、昼夜問わず人々が忙しそうに動き回っているんだもの。


 活気と喧噪、これが新ミルトを端的に表す言葉だ。


「今宵は『食い過ぎて死ね』にいきますわよ。シュイナ」

「なんですかその物騒な名前は」


 メイシャとシュイナの会話が聞こえてくる。

 今日の晩飯はもう決まっているらしい。あそこは俺も行きたいんで大賛成だ。


「おどろきますわよ」

「私はべつに食事で驚かなくても良いのですが」


 それにしても、すっかり仲良くなったね。

 最初こそ多少の隔意があったシュイナと娘たちだけど、七日も一緒に旅をしているうちにすっかり打ち解けた。


 もともと気の良い連中だからね。うちの娘たちは。

 シュイナがよほど気位が高いお姫様ってんじゃなければ馴染んでいけるはずだとは思ってたんだ。


「メシの前に仕事を済ませるぞ。まずは行政庁な」


 ガイリア政府の出先機関である。

 新ミルト市には当然のように代官が派遣されている。ロスカンドロス王の右腕と目されるアイザック卿だ。


 いずれはガイリア王国の玄関口となる新ミルトだからね。適当な人物に適当に統治させるってわけにはいかないのさ。

 大げさではなく百年の計を練れるような能吏じゃないと。


「ライオネル母さん。また娘が増えたのか」

「開口一番それですか」


 そのアイザックさんと、俺は軽く抱擁を交わす。

 リントライト動乱をともに戦い抜いた仲だからね。けっこうかたい紐帯で結ばれているんだ。


 かいつまんで事情を説明する。

 シュイナは娘じゃなくてロンデン王の妹で、外交の使者としてやってきたのだということとか、諸国漫遊の間に悪魔アルラトゥと悪魔アエーシュマを倒したこととか。


「悪魔を二匹もやっつけたか。さすが俺の母さんだ」

「俺はアンタの母さんじゃないです」

「ままー、お小遣いちょうだい」

「アンタ俺より稼いでるでしょ」


 くだらない会話を楽しみながら、とり急ぎ通信室に案内される。

 外交問題に関してはアイザックさんに権限がないからだ。

 魔導通信でロスカンドロス王と直接話してくれというわけで、俺も最初からそのつもりである。


 部屋に入るのは俺とシュイナだけ。

 中の会話は、もちろん外には聞こえないし、顔つなぎだけしたら俺も外に出なくてはいけない。


 王都の通信官(魔導通信が導入されてから新設された役職)に用件を伝えて待つことしばし。 


『本当にお前は面白い話しか持ってこないな。母さん』


 スクリーンに、なんか苦い顔をしたロスカンドロス王が現れた。


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