第123話 王の思惑


 王様と知己になってしまった以上、俺たちの旅の目的を隠しても仕方がない。

 悪魔の蠢動について正直に話すことにした。


 すでにフルーレティとアルラトゥという二匹の悪魔を倒したことを含めて。


「リントライトの動乱の後、インダーラで闘神の称号を得たとか、ダガン帝国を打ち倒したとか、眉唾くさい伝説も聞こえてきていたが、ついにデモンスレイヤーか」


 シュメイン王が呵々大笑した。

 改めていわれるとすごいよね。しかも吟遊詩人たちが尾ひれを付けてあちこちの酒場で詠うものだから、伝説が一人歩きしちゃってる部分もある。


 とくに、『五英雄と軍師ライオネル』なんて題名の叙事詩とか、すごいよ?

 アスカとミリアリアとメイシャの三人が桃の花が咲き乱れる庭園で義姉妹の契りを交わしたり、世捨て人だった俺を仲間に加えるために、無視されても居留守を使われても三度も訪ねたり。


 よくもまあ、でっち上げたもんだって感心してしまうよね。


 俺と三人娘の出会いなんて、冒険者ギルドですがりつかれただけですよ。金に困ったあいつらに。

 あいにくと、ドラマチックな要素はひとつもない。


「悪魔は人類すべての敵だ。討伐に協力するのに否やはない。むしろ、仲間はずれにするんじゃねえよ、というところだ」


 ずいぶんとフランクに言う。


 これまで面識があったわけではないし、為人だって人伝に聞いたことがあるだけだったのだが、シュメインという御仁はもっとずっと偏屈なんだと思っていた。

 ことあるごとに、というか、ことがなくてもモリスン王と対立してたっていうしね。


「いやいや、ライオネルさんや。アレと対立しないほどの聖人君子は、たぶん政治家には向いてないと思うぞ。山に籠もって仙人になるか、万民に愛を説く宗教家にでもなった方が良いって」


 どぎつすぎることまで言ってるし。

 たしかにモリスン王って、理性的な話し合いができる王様ではなかったけどね。

 俺は黙って肩をすくめてみせた。


 侯爵位にあり、領地も富み栄えており、充分な武力があるロンデンだからこそ、リントライト王家に逆らい続けることができたのである。


 供出金はただの半刻も遅れずに支払い、従軍要請にも最大兵力で応え、ようするに重鎮ならばこそ、王家はロンデン侯爵領の傍若無人に対して武力による懲罰ができなかった。


「それだけじゃないぞ。俺が目の上のたんこぶだったから、ガイリアは好きにやれてきたってのもあるんだ」

「否定はしませんけどね」


 潜在的な敵国であるロンデン侯爵領があったため、リントライト王国はガイリア伯爵領に対してあまり強硬な姿勢を取れなかった。金の卵を産む鶏だからね。


 ガイリアの富はロンデンを黙らせるのに必要不可欠だったわけだ。もちろんドロス伯爵は貸していただけで、プレゼントしていたわけではない。

 借金まみれになったリントライト王国はガイリアを実効支配しようと企む。借金もろともドロス伯爵を潰して。


 これがまあ、リントライト動乱の原因だ。

 だから、ロンデンが遠因であるといえなくもないのである。

 風が吹けば桶屋が儲かるってレベルの話だが。


「ともにリントライトを滅ぼした仲間じゃねえか」

「えらい遠い仲間もいたもんですね。で、なにをお望みです? シュメイン陛下」

「もう。判ってるくせに、わざわざ訊くなよ」


 べしべしと肩を叩かれた。

 馴れ馴れしすぎる。どんだけ大親友のつもりなんだよ。この人は。






 まあ、予想通りというかなんというか、シュメイン王の望みはマスル・ガイリア・ピラン城の三国経済同盟に一枚噛ませろってことだった。

 俺の口から言わせて言質を取りたかったようだけどね。そうは問屋が卸さないさ。


「紹介することはできます。ですが、俺にできるのはそこまでですよ」


 ガイリア王ロスカンドロス、マスルの魔王イングラル、ピラン卿ザックラント。俺はこの三人と面識があるし、知己といってもそんなに言い過ぎではない程度の付き合いがある。

 だが、だからこそ軽々になにかを約束することはできない。


「俺はガイリアに政治的な要求をしたことがありませんし、これからもないでしょう。理由は、明敏な陛下ならおわかりかと思いますが」


 どの国に対してでも良いが、地位とか、名誉とか、そういうものを要求してしまったら、俺は彼らの友人ではいられなくなる。

 臣下だ。


 俺だけでなく『希望』そのものを召し抱えることになったら、最初は良いだろう。

 叙事詩に歌われる名声のある臣下だもの。


 けど、すぐに邪魔になってしまう。

 政治でも軍事でも、あるいは国事行為でも、王様よりアスカやメイシャ、ミリアリアに声援が飛ぶんだぜ?


 これが面白くてたまらない、なんて人はそもそも王として頂点に立つつもりがない人だけだろう。

 それが判っているから、ロスカンドロス王も魔王イングラルも強く仕官を勧めることはないのだ。


「ホント、お前がロンデンに生まれていてくれたらなあ」

「どうでしょうね。ロンデンはガイリアほど孤児院産業・・が盛んではないでしょうから。軍学を学ぶ機会もなく、ただの一般人として生を終えたかもしれませんよ」


 おおげさに嘆くシュメイン王に、俺は苦笑を浮かべてみせた。

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