第122話 親切な衛兵
シン隊長に呼び止められた俺たちは、そのままの流れでロンデン王に紹介されることになっちゃった。
プライベートだから、と、断りたいところではあるが、悪魔が蠢動しているかどうか調べるなら、最高権力者とよしみを通じておいた方が良いのはたしかだ。
ありがたくシン隊長の申し出を受けることにしたのである。
まあ、「このまま素通りさせたとあってはロンデン武人の名折れ! 面目が立ちませぬ!」なんて言われたら、多少の計算なんか吹っ飛ばして頷くしかないよね。
朗らかに手を振って別れるって雰囲気じゃないんだもの。
「ていうか、守備隊長が門を離れて良いんですか?」
「門の守備など副長でもこなせます。なれど、貴殿らの案内を部下に任せることはできませぬ」
下にも置かぬ扱いである。
歓迎されすぎた。
「俺はいち冒険者ですし、『希望』だっていち冒険者クランにすぎないんですけどね」
「貴殿が望めば地位も名誉も思いのままでしょうに」
そこまで簡単なものではないさ。
ガイリアに仕えるにしても、マスルに仕えるにしても、いろいろ難しい問題がある。
ある意味、俺たちは功績を立てすぎているのだ。
どんな地位職責をもって迎えるか、王たちだって悩むところだろう。
地位が高すぎれば他とのバランスが取れなくなるし、組織に不協和音をまき散らすことになる。
かといって、名誉職だけあたえて飼い殺しというのでは『希望』を抱き込む意味がない。俺たちの能力や評判を最大限に活用しないのであれば、野に置いても同じだからだ。
魔王イングラルが俺たちのことを、野に咲いてこそ美しい花だと評したって、サリエリから聞いたけど、その評価でだいたいあってると思う。
性格的にも、みんな組織人って感じじゃないしね。
「結局、冒険者暮らしが性に合っているんだと思いますよ」
事情を四捨五入して笑う。
シン隊長も、それ以上深くは話を進めなかった。
なんだか、とても空気の読める御仁である。
その話題はあんまり深入りされたくないなって俺が思ったら、口に出さなくても、さらりと話を変えてくれるし。
娘たちが退屈しないように均等に話も振る。
如才ないっていうとなんとなく言葉が悪いけど、きっと、上司からも部下からも信頼される良い隊長なんだろうね。
やがて俺たちは、王城の門をくぐった。
とくに見咎められることもなく、誰何されることもない。守備兵たちも敬礼で見送ってくれる。
警備がザルすぎ、というより、俺はこういう状況を一度経験している。
カイトス将軍に連れられてリントライトの王城に行ったときだ。
国の重鎮である将軍が一緒だったから、守備兵は普通に見送ったのである。ルール的には全然ダメなんだけどね。
でも、どれほど地位の高い方でも規則は守っていただきます、なんてことを言ってくる兵士は、たぶん出世できない。
王城勤めなんてエリートコースに乗ることもできず、辺境勤務のまま現役を終えることになるだろう。
それが人間社会ってもんである。
そしてシン隊長ってのは、それほどの地位にいるのかって話だ。
たかがっていうと言葉が悪いけど、門兵の隊長が顔パスで王城をうろうろできるとしたら、考えられる理由は二つ。
ひとつめはものすごーく警備がザルって可能性。市井の庶民でもほいほい王様に会いに行けちゃうくらいに。
そしてもうひとつは、この御仁がじつはすごい顕職に就いているって可能性だ。カイトス将軍とかと同程度のね。
まあ前者はあり得ない。普通に考えて。
となると後者なんだけど、将軍職や大臣職にある人が身分を隠して門兵をやる意味は、まずないかな。
その行動に意味がある人ってなると、だいぶ限られてしまう。
「ところで、私室に案内してくれるんですか? それとも謁見の間?」
「いつから気づいていた? ライオネル」
我が家のように王城を歩きながら、振り返りもせずにシン隊長が言った。
いや、ロンデン王シュメイン陛下か。
「気づいたのはたった今ですよ。でも、振り返って考えてみれば、思い当たる点はあるんですよね」
俺は肩をすくめてみせた。
まず達者な話術である。普通に流してしまったけど、相手の表情を読んで話題を切り替えていくなんて芸当、よほど人に接していないと身につくもんじゃない。
他国との交渉に従事する外交官とか、サロンでの振る舞いによって進退に影響がある貴族とか。
いずれにしても、言葉を武器として使う人々だ。
「で、そこまで推理を進めれば、娘たちが退屈しないように均等に話題を振っていたのは、アイスブレイクって話法だって判ります。そんなもん、一般人が使いこなせるもんですか」
「本当に惜しいよな。なんでお前、ロンデンに生まれなかったんだよ。間違いなくスカウトに動いたのに」
でっかいため息をついて立ち止まり、シンという偽名を使っていた男が振り返る。
シュメインの最初と最後の音を拾ってシン。
判ってしまえば、謎かけでもなんでもなかったね。
「あらためてよろしくな。ライオネル」
そういって右手を差し出してくる。
「市井の冒険者ごときに、あんまりフランクに接するのは感心しませんよ。シュメイン陛下」
苦笑して、俺はそれを握り返した。
二度目の握手である。
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