第9章

第121話 ロンデン王国


 結局、アカーシルには七日ほど滞在することになってしまった。

 人間と獣人を手打ちさせるためにね。


 杯を交わして、今までのことは水に流す。

 納得いかないやつは申し出ろ、『希望』が相手になるから、と。


 ちなみに、獣人からも人間からも、不満のある者が何人か名乗り出たよ。で、アスカにのされたよ。

 だいたいパンチ二、三発くらいで。

 剣を抜くどころか、木剣すら必要なかった。


「アスリーは死ぬまで戦い続けたんでしょ! だったらアンタたちも死ぬ気でかかってきなさい!」


 とは、挑戦者たちに言い放ったアスカのセリフである。


 無茶すぎますね。

 死ぬ気でかかっていたら、本当に殺されるじゃん。


 じっさい、顎を砕かれたり肋骨を残さず破壊されたりした連中が続出して、メイシャは大忙しだったのだ。


 でもまあ、死ぬまで戦うっていうことの難しさを、若者たちが知れたのは良かったと思うよ。

 手打ちが終わるころには、ニナを守り切れなかったアスリーを悪くいうやつは、一人もいなくなっていたからね。


「完全にわだかまりが消えたわけではないでしょうけど」

「それは仕方ないスよ。なんの遺恨も残さず、双方丸く収まってすっきり解決、なんて方法があるなら、そもそも対立なんてしないス」


 ミリアリアの言葉にメグが応える。

 街道を歩きながら。


 えらく長い寄り道になってしまったが、ロンデンの王都マルスコイへと向かう旅の再開である。


「今度は平和にいきたいもんだな」

「そういうこといってるとぉ。またトラブルにまきこまれるよぉ」

「さすがにもう勘弁して欲しい」


 人間と獣人の悲恋の後始末なんて、後味の良い仕事になるはずがないんだからさ。

 モンスター討伐とかの方がずっと気が楽だ。


「わたしは、母ちゃんのこと最後まで守り切るからね!」


 突如としてアスカが謎の宣言をした。

 どういう思考経路をたどってその結論に至ったのかよく判らないが、たぶんアスリーとニナの悲恋に触発されたんだろう。


 ていうか、俺が守られる側なんだ。

 せめて、互いの背中を守り合ってともに戦い抜こうとか、そういうのにしてほしいなぁ。


「よし。やっはりランズフェローに行こう。この件が片付いたら」

「ネルネルもぉ、意味不明に唐突だねぃ」


 サリエリに笑われました。

 いや、ほら、修行のしなおしがてらさ、きちんと焔断の使い方を学ぼうと思って。






 

 マルスコイの街は大きかった。

 ガイリアシティに勝るとも劣らないくらい。

 街壁は厚く高く、街門も立派で、しかも軍勢が通ることを前提に造られている。


「ようするに、リントライト王国との戦いを想定して縄張りがされたってことなんだろうな」

「街門を見ただけで母さんはそういうことが判るんですね」


 ほうとミリアリアが感心した。

 軍事知識としては初歩の初歩だけどな。ぱっと見ただけでその城市なり城塞がどういう目的で造られたか判らなかったら、戦術の組立てようがない。


 どこを守り、どこを攻め、そしてどこを捨てるか。

 それを考えて指揮官に助言するのが軍師の仕事だもの。


「ていうか、俺って軍師なのに指揮を任されすぎじゃね? ロスカンドロス陛下もカイトス将軍も、俺の使い方間違ってね?」

「いまさらジローだねぃ」


 のへのへとサリエリが笑った。

 だれだよジローって。


「しらない~ ネルネルのともだちぃ?」

「出典の判らない言葉をノリだけで使うんじゃありません」


 きゃいきゃいと騒ぎながら街に入る。


 街門でのチェックはあっさりしたものだった。それもそのはずで街の規模が大きくなればなるほど訪れる人も多くなる。それをいちいち詳しく調べていたら時間がかかりすぎてしまい、経済活動を阻害してしまうもの。


 軍事要塞ならともかく、王都といえども名前と来訪目的を書くくらいで完了だ。

 たとえば俺たちだったら、「ライオネル他五名、観光のため入市」って書いただけである。

 とくに呼び止められることもない。


 と、思っていたのだが、街門をくぐって大通りに出たところで、後ろから猛然と門兵が追いかけてきた。


「あいや! あいやしばらく!」


 やたらと時代がかった口調で叫びながら。

 なんだろうと思って待っていると、その門兵は俺たちの前で地面に片膝を突く。


「軍師ライオネル殿とクラン『希望』の方々とお見受けいたしまする!」

「ええまあ、そうですけど」


 大声で叫ぶなよ。恥ずかしいだろ。

 道行く人々から注目されちゃってるじゃん。


 アスカはご機嫌で手とか振ってるけどね。目立つの大好きだから。


「やはり! ご高名はかねがね!」


 なんか、感極まったって顔だぞ。この門兵さん。


「拙者、西門守備隊長のシンと申す愚物にて! お目にかかれて恐悦至極!」


 そう言って立ち上がり、右手を差し出してくる。

 冒険者より守備隊長の方がずっと地位も高いと思うんだけど、俺なんかと握手がしたいようだ。


「ライオネルと申します。どうかよろしく。シン隊長」


 握り返して名乗る。


「光栄の極み! 名前まで憶えていただけるとは!」


 たぶん三十代の半ばかな、俺よりずっと年上で地位も名誉もあるお人が、少年みたいに目をキラッキラさせている。

 恐縮してしまうよ。


「して、マルスコイにはいかなご用向きで?」

「観光ですよ。ガイリアもだいぶ落ち着いたので、この機会にいろいろ見て回ろうと」

「それは素晴らしい!」


 すばらしいか?

 普通に考えたら、ただの道楽者だと思うんだけどな。


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