第118話 トラブル誘引体質
足を速めて街道を進む。
全力疾走ではない。それをやってしまうと、現着してから動けなくなってしまうからだ。
なにが起きても対応できるだけの力は、つねに残しておかなくてはならない。
やがて見えてきたのは、ところどころから黒煙を噴き上げる宿場町だった。
襲われているっぽい。
「メグ」
「先行偵察、いってくるス」
皆まで言わせず、韋駄天の斥候が駆け出す。荷物を俺に投げ渡して。
他のメンバーも、さらに足を速めた。
現状、なにが起きているのかはさっぱり判らないが、宿屋が全部焼けてしまうと俺たちだって困るのである。
できれば野宿は避けたいからね。
そして小半時(十五分)ほど。俺たちは現場であるアカーシルの宿場に到着した。
「襲撃してるのは獣人ス。虎頭人を十五人、確認したス」
俺の横ですうっと隠形を解いたメグが報告してくれる。
先行したわずかな時間で、可能な限り情報を集めてくれたのだ。
「襲ってる理由はわかるか?」
「まったくスね。人間どもは皆殺しだとしか叫んでないス」
ふむと頷き、俺は短期的な作戦を構築する。
現状、どちらに理があるか判断できない。下手にどちらかに肩入れしてしまうと、あとから軌道修正するのが大変になってしまう。
「アスカ。サリエリ。先行してワータイガーを蹴散らしてくれ。なるべく殺さずに」
「わかったよ!」
「りょ~」
すたたたー、と、二人が駆けていく。
十五人の獣人の相手ということになるが、アスカとサリエリなら難なくこなすだろう。
俺とメグの二人でミリアリアとメイシャを守りながら宿場町の中へと入っていく。
規模としては普通だ。
大きくもなく小さくもなく、数件の宿屋に数軒の飲み屋が軒を連ねているような、本当に普通の宿場町である。
住人たちは建物の中に逃げ込んでいるのだろう。暴れているのは獣人ばかりで、いくつかの建物には火を放ったらしい。
そこだけは住民が懸命の消火活動をおこなっている。
で、あちらこちらからぱこーんぱこーんと景気の良い音が聞こえるのは、アスカとサリエリが暴れ回っているから。
実力差がありすぎるため剣を抜かず、鞘でぶん殴っているのだ。
ていうか二人とも強くなったよなぁ。
サリエリはわりと出会ったときからデキる印象だったけど、アスカなんてゴブリンを相手に苦戦してたんだよ。最初は。
それが獣人を剣も抜かずに打ち倒している。
バッタバッタと。
大通りのど真ん中あたりまで歩を進め、俺はんんっと喉の調子をたしかめた。
「退けぇい! ワータイガーたちよ! これ以上の無体を働くなら、クラン『希望』が相手になるぞ!!」
大音声で言い放つ。
『希望』の武名ってけっこう轟いてるからね。
闘神アスカとか、大賢者ミリアリアとか、聖女メイシャとか。
こういうときに活用しないでどうするって話さ。
信じられないものを見るように俺たちを睨み付けていた獣人たちだけど、やがて負傷者を抱えて引き上げていった。
ちなみに、すでにアスカとサリエリで六人もやっつけちゃってた。
ほっといても全滅させることはできただろうけど、もし獣人たちに理があった場合、それだとやりすぎになってしまう。
ちゃんと交渉の余地を残して置かないとね。
「母さん。消火を手伝ってきます」
「ああ。わかった」
フェンリルの杖を手に火事場へと近づいたミリアリアが、クリエイトウォーターの魔法を建物にぶつけまくる。
本来は、水瓶一杯分の美味しい水を作り出すって魔法なんだけど、これだけ連続して放ったら充分な消火魔法だ。
なんというか、バケツリレーなんかよりはるかに速い。
「まどろっこしいですわ。ミリアリア。わたくしにお任せあれ。神よ。慈雨を降らせたまえ」
メイシャが
なんてこった。
うちの司祭さまは雨乞いまでできるらしい。
「魔法組は派手だね!」
「ウチの精霊魔法でも水は出せるのん~」
気楽に笑いながらアスカとサリエリが合流した。
サリエリもなんかやりたがってるけど、手伝い要員はミリアリアとメイシャで充分だろう。
むしろ、面倒なのはここからなのだから。
メグが裏町で培った人間を見分ける嗅覚と、サリエリの見た目で油断させて相手の嘘を見抜いていく交渉術が役に立つはずである。
こけつまろびつ走り寄ってくる宿場の代表者らしき男を眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
宿場町というのは、一般的な街や村と違って代官が派遣されるわけではない。というのも、税として納められるのが現金ばかりだからだ。
なにしろ収入源が旅人が落とす宿泊費や飲食代くらいしかないもの。
ゆえに税は、宿屋ならいくら飲み屋ならいくらって決まっている定額だし、農作物や漁獲物などが含まれないため、とりまとめは町の代表者にまるっと任せてしまって問題ないのである。
で、代表者というのはその宿場のなかで、世話役とか相談役とかを務めるような人物がやるわけだ。
「ドルトルと申します。このたびは危ないところを救っていただき、ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げる中年男。
アカーシルの宿場で一番の宿屋を経営しているらしい。
当たり前のように用心棒だって雇っているのだが、獣人たちが乗り込んできたら、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったのだそうだ。
身振り手振りを交えながら説明してくれる。
そして俺たちを、自分の宿へと招くのだ。
どうやら、トラブルに巻き込まれてしまったようである。
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