第119話 事情の一方
アカーシルの宿場からほど近い場所に、獣人族の住むモルグ村がある。
両者はこれまでけっこう仲良くやってきた。
獣人たちが狩った獲物は、宿屋や飲み屋に卸され美味しい料理に化けて旅人を楽しませたし、獣人たちも現金収入を得ることで暮らしぶりを向上させる。
持ちつ持たれつの関係というやつだ。
そして、仲が良いことがこの際は仇となった。
ドルトルの娘と獣人族の族長の息子が恋に落ちてしまったのである。
異種族恋愛だ。
当然のように周囲に反対される。
比較的近い種族の魔族と人間、エルフと人間だって色々いわれるのだ。ワータイガーと人間のカップルが何の問題もなく祝福されるなんて奇跡が起きるはずもない。
家族には泣かれるし、親友には脅されるし。
思い余った二人は手に手を取って駆け落ちしてしまう。
「うっひょお! ロマンチック!」
無責任にアスカが喜び、べしんとミリアリアに頭を叩かれた。
駆け落ちするくらい思い詰めているなら二人の交際を認めようではないか、という結末になっていたなら、獣人が宿場を襲うはずもない。
この恋物語は、めでたしめでたしでは終わっていないのだ。
折しもリントライト王国軍が壊滅し、王国直轄領が無法地帯になった時期である。
「ニナとアスリーくんは野盗に襲われ、帰らぬ人となってしまいました」
「そんな……!」
アスカが両手で口を押さえ、嗚呼と嘆いたメイシャが胸の前で聖印を切った。
悲しいかな、もっとも襲われやすいシチュエーションである。
駆け落ちというからには夜だろう。こっそり町を出て街道を急ぐ旅人だ。なにか貴重品でも運搬しているのではないかと思われても仕方がない。
もちろん、仕方がないで襲われたらたまったものではないが。
家に娘がいないこと気づいたドルトルが探しに出て街道で発見したのは、数人の盗賊どもの死体と、変わり果てた若者たちの姿だった。
おそらくアスリーはニナを守って必死に戦ったのだろう。
たった一人で五人もの野盗を道連れにした。しかし衆寡敵せず、彼も殺されてしまった。もはやこれまでと覚悟を決めたニナは、野盗の慰み者になるくらいならと懐剣で自らの喉を突いて果てた。
アカーシルの民も、モルグの獣人たちも、この事件を大いに嘆き、哀しみ、かつ怒り、大規模な野盗狩りをおこなったのである。そして周辺に潜む野盗という野盗を残らず縛り首にしたわけだが、それでアスリーとニナが戻ってくるわけではない。
愛娘を失ったドルトルの哀しみは深かったが、モルグの族長であるラシルの喪失感はそれ以上であった。
なにしろ彼は、跡取り息子を失ってしまったから。
直接の犯人である野盗どもを殺し尽くした後、ラシルの恨みは人間たちに向けられることとなる。
息子をたぶらかした毒婦、その親兄弟も皆殺しだ、と。
「なにそれ! 逆恨みも良いところじゃない!」
憤慨するアスカ。喜んだり悲しんだり怒ったりと忙しい娘である。
ラシルの気持ちが判るとはいわないが、やはり跡取りを失うというのは大きいのだろう。
ドルトルの息子は健在なのに、という筋違いな恨みもあるだろうし。
「ものが感情の産物だけに、なかなか厄介だな」
だいたいの話を聞き終えた俺は、腕を組んで考え込んだ。
ドルトルは歓待してくれたが、だからといって無条件に彼の肩を持つつもりはない。
旅人である俺たちは、アカーシルの宿場にもモルグの村にも義理がないから、どちらかに肩入れするというのは難しいのだ。
人間なんだから獣人ではなく人間の味方をせよ、という理屈は、いくらなんでも乱暴すぎる。
という旨を、俺はストレートにドルトルに話した。
何の根拠もなくあなたたちに肩入れはできないよ、とね。
本音を語れば、それで機嫌を損ねて出て行けと言われても良いと思っていたのである。
ガイリア王国内の話ならともかく、ロンデン王国の中のトラブルを俺たちが調停するというのは、さすがに筋が違うから。
「かまいません。というよりむしろ当然かと。当事者の一方の話だけ聴いて事を断じるわけにはいかないでしょう」
「はあ、まあ、そうですね」
お酌をされながら、俺はぽりぽりと頭を掻いた。
ドルトルの言い分は筋が通っているが、前提条件が間違っている。
俺たちは通りすがりの旅人にすぎないわけで、ロンデン王国の役人ではない。
調停しないよ? トラブルなんて。
と、俺としては言いたいわけだが、娘たちの反応を見るにそういうわけにはいかないらしいよ。
「愛しみあった二人の結末が、自らの死による故郷の対立というのは、いくらなんでも悲しすぎますわ」
聖印を切り、メイシャが祈りを捧げる。
彼女には嘆き悲しむ恋人たちの霊が見えているかもね。
「ていうか子供が死んじゃってかなしいのはドルトルさんだって一緒じゃん! 逆恨みなんてサイテー!」
アスカはぷりっぷり怒ってるし。
どっちかに肩入れしちゃダメだって判ってるのかね。この娘さんは。
「いまさら、我々には関わり合いのないこと、という顔もできないでしょう。諦めて調停するしかありませんよ。母さん」
ぽんぽんと腰のあたりを叩いてミリアリアが慰撫してくれた。
ですよね。
ここまで関わってしまったから。
ふうとため息をつくと、不思議そうな顔をしているドルトルと目が合った。
「どうしました? ドルトルさん」
「いえ、ライオネル様は男性だとばかり思っていたものですから。失礼しました」
頭を下げる。
説明が面倒そう!
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