第117話 英雄の引き際


 悪魔アルラトゥを倒したことで、呪縛されていた人々も解放された。

 もちろん殺された人が生き返るわけではないが。


 カールス大公、その奥方、大臣や騎士。数え上げたら、五十人近くがアルラトゥによって殺害されていたのである。

 悪魔の被害としては奇跡的に少ないが、これは大公国を運営するために必要な人間を残したからだ。


 五年かけてこの国の生命力を吸い尽くすつもりだったらしいからね。

 じつに遠大な計画である。


「父も母も重臣たちも殺されたのに、私だけおめおめと生き残ってしまった。不甲斐なさに自決してしまいたいくらいだ」

「殿下が生き残らねば大公国は終わりでした。あまりご自分をお責めになりませぬよう」


 地下牢から救出した公子のマシル殿下との会話である。

 いろいろな命令を下すのにマシル殿下がいると便利だから生かされていたらしい。


 目の前で両親を惨殺され、国そのものを人質に取られた状態で自殺もできず。

 とんでもない境遇だが、俺の言葉はべつに社交辞令ではない。


 生き残った者たちは、マシル殿下を求心力としてシュモク大公国を立て直していける。

 彼までいなくなってしまったら、国そのものが崩壊してしまうのだ。


「『希望』の方々には感謝の言葉もない。よくぞ悪魔を打ち倒し、我々を解放してくれた」


 そして俺たちには最大限の謝礼が贈られたのである。

 金銀財宝の他に、俺たち六人はシュモク大公国の名誉騎士だってさ。


 まあ名前だけのもので、べつに実利の伴ったものではまったくないんだけど、孤児院出身の冒険者が、ついに騎士の称号までもらっちゃったよ。

 恐縮しちゃうね。


 シュモク大公国では、俺はサー・ライオネルって呼ばれちゃうんだ。

 こそばゆい!


「こそばゆいから、さっさとお暇することにしようか。みんな」

「本音は?」

「いまは感謝するだけで済んでるけどな。もう少ししたら邪魔になってしまうからな」


 とは、名誉な称号をもらった夜にミリアリアと交わした会話である。


 シュモク大公国を悪魔の脅威から救ったのは『希望』であって、マシル殿下ではない。その事実がすぐに重く殿下にのしかかるだろう。

 一緒に苦労することって難しくないんだけど、栄誉を分かち合うのは難しいんだよね。


 民衆から俺たちばかりがもてはやされたら、殿下でなくたっておもしろくないさ。

 なので、平和が訪れたら、さよならと告げて立ち去るのが正しい勇者の姿ってもんだ。


「疎まれる前に去るってのが、最も面倒くさい事態にならないからな」

「もらうものももらったし!」

「ごちそうもたっぷりいただきましたし」


 いつもながらブレないアスカとメイシャも賛成し、アルラトゥを倒した六日後には、俺たちはアスレイの街を後にしたのであった。

 声援に見送られながらね。






 次の目的地はロンデン王国。

 リントライト動乱において、最も早く独立を宣言した国だ。


 それだけ王家とは仲が悪かった、なんてレベルじゃなくて、不倶戴天の敵といっても良いくらいで、ロンデン侯爵という御仁は王家から出されるすべての提案に異を唱えていたそうである。


 逆に、御前会議の席上で、ロンデン侯爵が口を開いた瞬間に、モリスン王は予は反対であるって言ったという話も聞いたことがある。提案をする前に反対ってすごいよな。


 そんな心温まる関係だったから、アスピム平原会戦で王国軍が惨敗したって報が届くやいなや独立を宣言した。

 ただ一瞬の逡巡すらもなくってくらいの早業だったらしい。


 で、隣接する王国直轄領をあっという間に平らげて、一大勢力圏を築いたわけだ。

 国力としてはガイリア王国には及ばないものの、すぐ後ろに付けている感じで、リントライト崩壊で生まれた国のなかでも、かなり富み栄えている部類である。


「そんな栄えている国に悪魔がきますかね?」

「栄えているからこないってことはないだろうさ。ガイリアにも現れているんだから」


 街道を歩きながらミリアリアと会話を楽しむ。

 行程としては十二日ほどの予定だ。


「でも、もっと栄えているマスルには現れないですよね」

「そりゃあ、出たらみんな大激怒だからねぃ」


 サリエリが応える。


 悪魔が世界を壊したのち、魔族は大迷惑を被ったらしい。

 見た目の問題で。

 なにしろ長命種だし角があるしで、悪魔と同一視されちゃったのだ。


「ウチらダークエルフもそうなんだよぉ。肌の色が黒いし金目だしぃ。エルフは愛されるのにねぇ」


 魔族やダークエルフは弾圧され、一時期ものすごく数が減ってしまったんだそうだ。

 弾圧した人間族や獣人族を憎む気持ちはもちろん根深くあるけれど、そもそもの原因を作った悪魔に対する怒りはひとしおである。


「みんな悪魔絶対殺すマンになってぇ、追いかけ回すと思うよぉ」

「なにそれこわい」


 思わず想像してしまった。

 魔王や魔将軍たちが血相を変えて悪魔を追いかけ回している姿を。

 怖すぎるわ。


 そりゃあ、わざわざマスル王国に行こうって気分にはならないよね。


「まあ、ロンデンにいないならいないにこしたことはないんだけどな。悪魔なんて」


 戦いたいわけではないのである。

 単純に戦力の問題として。


 フルーレティ、アルラトゥと連破はしたが楽勝だったわけではまったくない。

 それに、両者の強さが違ったのも気にかかる。


 たとえばフルーレティやアルラトゥというのは下っ端の悪魔で、もっと強い連中がごろごろいる、なんて話だったら最悪である。


「平和に旅を終えたいものさ」

「そういうこと言ってるとぉ、平和にすごせないんだよぉ」


 サリエリが笑った瞬間、はるか前方から警鐘の音が聞こえてきた。


「ほらねぃ」


 のへのへとした言葉に従い、全員が俺の方を見る。

 違う話題で盛り上がっていたはずのアスカ、メイシャ、メグまで。


 待って。

 俺は悪くないはずだ。


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