第114話 うそくさい街


 シュモク大公国の領域は荒廃していなかった。


 冬バラ都市国家連合のように、あからさまに治安が悪そうな気配はない。かといって、ガイリア王国のように富み栄えている様子もなく、なんというか、リントライト王国が健在だったころとなにも変わっていないと思えるような、そんな雰囲気である。


 そしてその印象は、首都であるアスレイの街に入るとますます強まった。


「なんだか嘘っぽい街ですね。ネル母さん」


 というミリアリアの感想に俺も賛成である。


 とにかく普通すぎるのだ。

 道行く人たちの顔も、路地裏から聞こえる子供たちの笑い声も、値引きを叫ぶ露天商たちも、動乱から一年も経っていないとは思えないほど、日常の光景である。


「戦勝国のガイリアとは違う。敗戦国の集合体である冬バラ都市国家連合とも違う。戦には関与しなかったシュモクだから、という理由で自分を納得させられたらラクなんだけどな」


 ぼりぼりと頭を掻きながらいった言葉にミリアリアが頷く。


「結局、シュモク大公領って内戦のときには兵を動かしたんですか?」

「動かしていないはずだ。陛下から聞いた話だけどな」


 リントライト王国軍との戦いで手一杯だったから、正直にいって俺は他領の情報を無視していた。

 俺たちが王国軍と戦っているとき、タイミングを合わせて王都ガラングランを突く、なんて連携が取れるわけもないしね。


 好きにやってくれ、こっちも好きにやるから。という感じだったのである。


 天才軍師、なんてもてはやされても、ぶっちゃけ俺の能力なんてその程度のもので、目前の戦場を味方の勝利に導くのでせいぜい。

 遠く離れた他の貴族領の動きなんて、読むことも、操ることもできない。


「それがぁできたらぁ、ネルネル人間やめちゃってるけどねぃ」


 のへーっとサリエリが笑う。

 ともかく、さきの内戦において、シュモク大公領は一兵も動かしていないはずだ。

 だから支配域は、まったく増えてもいないし減ってもいない。


「まずそこがおかしいですよね。いくら当代のシュモク大公に政治的な野心がないといっても、家臣がそうとは限りませんし」


 ふるふると首を振るミリアリア。

 ガラングラン方面に兵力を押し出すだけで、王国直轄領の二つや三つは平らげることができた。王国軍の主力はガイリアに向かっていたわけだから、おそらくまともな戦闘もなく併合できただろう。


 それをしないってのは、平和主義とか文弱とかって言葉を超えている。

 むしろ、はっきりと異常だ。


 労せずして直轄領二つ、街の単位でいえば二つの郡都を手に入れる機会をみすみす逃すか?

 シュモク大公に政治的な野心がなくて、リントライト王国を奪い取ろうなんて思わなかったとしても、所領の収入を大幅にアップさせることができるチャンスなのに。


「臣下としての礼節を守り続けた、という考え方もできますが」

「だったら大公国として独立なんかしないだろ」

「ですよね」


 ミリアリアと頷き合う。

 どうにも胡散臭い。どこがどうということではなく、シュモク大公国そのものが。

 ミリアリアの言葉を借りれば、嘘っぽいのだ。


「くんくん。きな臭いにおいがぷんぷんするぜ!」


 やたらと元気にアスカが会話に割り込んでくる。


 どうでもいいけど、きみはそれを鼻で嗅ぎ分けるのかね? たしかに元々は布が焦げる匂いからきた言葉だけど、なんとなく怪しいとか、トラブルの予感がするって意味だからね?

 とりあえず、格好いいから使ってみたかっただけなんだろうけどさ。


 あと、無理に難しい方の会話に参加しなくて良いよ。


「アスレイはなにが美味しいですかしらね? わたくしそろそろ肉が食べたいですわ」

「昨夜も肉だったスよ。メイシャ」

「そんな昔のことは忘れましたわ。わたくしは常に前を向いて生きるのです」


 ブレないメイシャをメグがかまっている。

 ほら、あっちの方が楽しそうじゃん。






 そこそこの格式グレードの宿を取り、なかなかに美味い夕食を済ませた後は、いつも通り部屋に移動して作戦会議だ。


 とったのは、これまたいつも通り大部屋だから、娘たちが着替えたりするときは、俺は扉の外に待機することになる。


 多少は手間だが、なにかあったときに全員が一緒にいないと、合流ってプロセスが挿入されるからね。

 それだけでもチームとして考えたら不利になるのだ。


「べつに扉の外に出なくて良いよ! いくらでも見せるよ!」

「いらんいらん」


 謎の見せたがりなアスカを軽く流し、昼間見て回ったアスレイの印象を全員で出し合う。

 忌憚なくね。


 俺やミリアリアは先入観があるけど、たとえばリントライト王国のことをよく知らないサリエリは第三者的な見方ができるだろう。


 盗賊ギルド出身のメグならば裏町を観察できるし、食いしん坊ビショップのメイシャなら庶民の生活の部分を知ることができる。

 アスカだったら、なにも考えていないからこそ見えるものもあるかもしれない。


 そうやって、それぞれが気づいたことを言い合うのだ。そしてその情報を元に、俺が次の行動の指針を決める。

 これが『希望』の作戦会議だ。


「普通すぎる。そして平和すぎる」

「悪いことでは、まったくないんですけどね」


 結果、俺とミリアリアは、ますます違和感を強めることになる。

 本当に、どこからどう見ても普通なのだ。

 このアスレイという街は。


 

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