第112話 新生ガラングラン


 領域が広すぎる。

 グラッドストン陣営の戦闘員は五百人しかいないのに、街区でいえば四つを守らなくてはならない。

 一街区あたり百二十五名の守備って、平時なら十分だろうけどね。


 ていうかグラッドストンは軍略を知らないから、リントライト王国が健在だったころの警備体制で回すしかなかったということだろう。


 視察から戻ったミリアリアなど、絶望の表情で両手を広げたものである。

 こんなの絶対に守りきれません、と。


 そもそも四つの街区に分かれて住んでいるのがおかしいのだ。グラッドストン陣営の賛同者って三千人くらいである。


 一つの街区で、おつりがくるほどだろう。

 俺たちなんて水車小屋の残骸に最初は四人で暮らしていたんだからな。


「では、どこかの街区に移動させるか」

「とうてい間に合わない。一日二日で完遂できるならともかく」


 グラッドストンの言葉に俺は首を振った。

 大夜逃げ作戦のとき、準備にかけた時間は一ヶ月以上である。それよりはるかに少ない数とはいえ、簡単に移動させることができるとは思えない。


 まして、ガラングランがこんな状態なのに逃げてないってことは、この街にすごく思い入れがあるとか、土着の気風が強いとか、なかなか動きたがらない人の可能性もある。


 それに、慌てて動くのは攻撃を誘発するようなものだ。

 人々には普段通りの生活を続けてもらうしかない。


「それならばどうする? 軍師ライオネル」

「守れないとなれば攻めるしかないさ」


 肩をすくめてみせる。

 グラッドストンが目を丸くした。


 他の陣営の数も判らない。本拠地も判らない。戦略思想も判らない。兵力だって判らない。そんな状態で攻めるというのは正気の沙汰ではない。


「まあ、普通に考えればね」


 しかし、ここガラングランでなら非常に有効な、とっておきの秘策があるのだ。






 突然の轟音が響き渡り、キノコのような形の雲が湧きあがる。


 パウル平原の戦いを経験したグラッドストン陣営の兵士たちが頭を抱えてうずくまった。

 中にはガタガタと震える者もいる。


 申し訳ない。

 心の古傷を抉ってしまって。


 けど、君たちにはこのあとやってももらうことがあるんだ。

 だからこそ前戦近くに配置したのである。


 ミリアリアとサリエリが使ったフレアチックエクスプロージョンの魔法は、けっこう上空で炸裂しているから、怪我人などはいないはずだ。


 音と衝撃波だけで。

 あと、視覚効果としてのキノコ雲。


 もう少ししたら雨が降り出すから、天の怒りという印象を強く植え付けられる。

 さあ、兵士諸君、大声でグラッドストン陣営の正義を触れ回ってくれたまえ。


「神はグラッドストンの施政を嘉したもう。これに逆らう者には、大いなる天の裁きが降り注ぐであろう。恭順を申し出る者は大通り広場に参集せよ。従わぬ者はガラングランを去れ」


 とね。


 まあ、ようするに示威攻撃さ。

 パウル平原会戦でリントライト王国が惨敗したことを知っているガラングランの民には、ことのほか効果があるだろう。


 固く守って敵対陣営を潰すという方法が採れない以上、こちらが強大な力を持っているとアピールするのが一番だ。


「恐怖によって縛るってのは本来は悪手なんだけど、統治の序盤においてはやむをえないって側面もあるんだ」


 力が支配する現在のガラングランにおいて、力なき正義というのは無力だから。

 まずはすごい力を示す、その上で正義を実行していく。


「フレアチックエクスプロージョンの恐怖が身体に染みついている間は、だれもグラッドストンには逆らわないだろう。その時間を使って支配体制を構築するのが吉だろうね」


「魔法一発ですべての片を付けてしまうとは。軍師というのは本当に怖ろしいな」

「いままでの伏線があるからね」


 魔法一発ではない。


 リントライトがガイリアにちょっかいをかけてからの、幾度も繰り返した敗戦と、愚王モリスンの失政、パウル平原会戦の惨敗、それらすべてのことが重なっての効果だ。

 失われた何万もの命と、一発なのである。


「なるほど。ここまで積んできたものこそが重いということだな」


 深く深く頷くグラッドストンだった。

 この人は、きっと良い王になると思う。


 ちゃんと理解してくれたもの。明日ってやつに届くまでに、人がどれほどの時間と努力を積み重ねるかってことを。


 やがて、ぞろぞろと大通り広場に無法者たちが集まり始める。

 降りしきる雨の中。


 息せき切ってる者も多いのは、恐怖に心臓を鷲づかみにされたまま走ってきたからだろう。


「やりすぎましたか?」

「いや。たぶん一人も死んでないはずだから、上出来だと思うぞ」


 自信なさげなミリアリアに笑ってみせる。

 彼女は優しいから、民たちを怖がらせてしまったことに忸怩たる思いがあるのだろう。


「これで、この街も少しはマシになるスかね」


 降りしきる雨に栗毛を濡らしながら、メグがぽつりと呟いた。

 ガイリアの裏町を知っている彼女だからね。

 奴隷の売買に関しては思うところも当然多いだろう。


 ほんとな、まさか奴隷市場なんてものを目撃するとは思わなかったよ。


「王様が変われば国も変わるもんさ。グラッドストンってのはなかなかの人物であるように俺は思うぞ」

「ネルダンさんがそういうなら、オレも信じるス」


 ぽんと肩に手を置けば、こちらを見上げたメグが笑った。

 少しだけ無理をしたような笑みだった。





 即日のうちに、グラッドストンは都市国家ガラングランの首長たるを宣言する。

 そしてその宣言の中で、奴隷の売買を厳に禁止した。

 モリスン王の死後、混迷を続けてきたガラングランにようやく安定の光が差した瞬間である。

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