第111話 協力関係


 リントライト王国が崩壊し賢い連中が街を捨て去った後も、グラッドストンはガラングランを拠点として取り残された人々の救済にあたってきたという。


「私はリントライトの官僚としてそれなりに高給を食んできたし、それなりの暮らしもしてきた。王が死にました国がなくなりました、だからさようならというのは、少しばかり無責任が過ぎるだろうと思ったのだ」


 彼に賛同する五百人ほどの下級兵士とともに、旧王都内に勢力圏を築き上げ、そこにある彼の屋敷で買った奴隷たちを保護した。


「まあ、奴隷商人や他の勢力のものたちからは、いくつか存在するマフィアの首領の一人だと思われているだろうな」

「それは判るけど、よくそんな資金があったもんだな」


 ふむと頷きつつも、俺は質問を投げかける。


 五百の兵を養うためには、当たり前のように五百人分の食料が必要なのだ。もちろん食料だけでなく、他にも必要な生活物資はたくさんあるが。

 近隣の衛星都市から買うといっても、かなりの金銭が必要になるだろう。


 グラッドストンにそこまでの財力があるのか疑問に思ったのだ。


「軍師ライオネル。私の役職を憶えているかね?」

「一等会計監……ということは、もしかして」


 ぴんときた。

 王国の隠し財産などがあるのではないか?


「さすがに鋭いな。一朝事いっちょうことあった時のための金が密かに保管されてきたのだ」


 何十年にも渡って。

 グラッドストンの資金源はそれである。

 本来であれば墓場まで持って行かなくてはならない秘密だが、ここで使わないでいつ使うのだと彼は考えた。


「公金横領だがな」

「それを咎める人間ももう残ってないだろうし、良いんじゃないか」


 俺はくすりと笑う。

 こういう判断をできる人が中堅どころまでしか出世できないんだもの。そりゃあリントライト王国は崩壊するさ。


 あ、でもな。

 出世して王国の中枢部にいたら、愚王モリスンに諫言とかして殺されてしまったかもしれない。


 うまいこと脱出できたカイトス将軍が奇跡みたいなものだからね。

 あのときは『希望』の娘たちが大活躍してくれたから。


 で、その五人は檻つきの馬車を操っている。


 奴隷たちを乗せているものだ。どういうことかといえば、たいして深くもない事情がある。奴隷として捕まっている女子供は、ほとんど裸に近いような格好で、靴すら履かせてもらっていない。

 檻から出して歩かせる方が難しいのだ。


 なので歩いているのは、俺とグラッドストンの二人だけ。


 檻馬車が四両と馬が八頭は、グラッドストン陣営の鹵獲品という扱いである。あと、護衛たちの持っていた剣や商人が持っていた金銭なども、すっかり余すところなくいただいてしまった。


 そこまでやって大丈夫なのかといえば、じつはもう何をしてもグラッドストンが他の陣営から敵視されるのは避けられない。

 生き残ってしまったからね。


 毒を食らわば皿まで、というやつで、どうせ敵対するなら武器や金は多い方が良いって理屈である。






「あらためてお願いしたい。軍師ライオネル、『希望』の衆。この街の闇を払い、せめて人が暮らせるようにしたい。力を貸してもらえないだろうか」


 本拠地に案内された俺たちにグラッドストンが頭を下げる。


「その、人が暮らせる町ってのは、人間が売り買いされるような場所じゃないよな」

「当たり前だ」

「なら協力する。変則的だけど冒険者クラン『希望』への依頼ということで。ただ、依頼である以上、代価はいただくことになるけど」

「それもまた当然だな。契約書を取り交わそう」


 グラッドストンの言葉に俺は頷き、サリエリとメグを呼ぶ。

 冒険ギルドを通さない依頼なので、契約内容について複数の人間で確認した方が良いからだ。


 人選の理由は、成人(数え十八)に達しているかどうか。

 残り三人はまだ子供だからね。


「二人は俺と一緒に契約内容を揉んでくれ。アスカたちは歩き回って防衛状況がどうなってるか確認してほしい」


 それぞれの為人で了解を告げ、アスカ、ミリアリア、メイシャの三人が去って行く。

 契約以上に大事なことだ。


 はやければ夜明けには奴隷市場襲撃の第一報が走るだろうし、何者がそれをおこなったのかという憶測が飛び交うだろう。

 そして、グラッドストンが唯一の生き残りであることと、彼とともに襲撃者が去っていったという情報を売るものが現れる。


 たとえば俺たちが泊まった宿の亭主とかね。

 いい気になって、ぺらぺら喋るんじゃないかな。

 そしてその情報を他の陣営に渡したくない奴らに殺される、と。


 頭があれば、自分はなにも見ていないが怪しい六人組が泊まって夜中にいなくなったようだ、くらいの情報を渡すに留めるだろうけどね。


 ともあれ、どうやったところでグラッドストン陣営に対して攻撃はあるだろう。

 速いか遅いかの違いだけだ。


 したがって迎撃の準備は必要なのである。それも早急に。

 あの三人なら、どう戦うかどう守るか判るだろう。伊達や酔狂で俺が立てる作戦を見てきたわけじゃないからね。


 サリエリとメグには契約や交渉に関する経験を、アスカ、ミリアリア、メイシャには防衛戦の戦準備の経験を積んでもらう。


「ネルネルぅ。引退でもかんがえてるのん?」


 こてんとサリエリが小首をかしげる。

 なんだか心配そうな顔だ。


「いや。ただ単に俺の仕事を減らしたいなぁとたくらんでた」


 なので、俺はにやりと笑ってやることにする。

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