閑話 戦い続けた男
奴隷市場はリントライト王国の崩壊後、時を待たずして開かれるようになった。
旧王都ガラングランは、まさにうってつけの場所だったのである。
どの貴族も支配に乗り出さず、文字通り時代に取り残された場所だったから。
安全な暮らしを求める者は出て行き、食い詰めたならず者たちが集まってくる。
あっという間に、暴力が支配する悪徳の街になった。
そしてその暴力に金の匂いを嗅ぎつける者たちがいる。
奴隷商人たちだ。
悪党どもをそそのかし、近隣の町や村、あるいはなんとかガラングランで生きようとする人々を襲わせるのである。
子供や若い娘を誘拐するために。
なにしろそれらは金になる。
いつの世にも、どこの街にも、普通に娼婦や男娼を買うだけでは満足できない人間がいるものだ。
悪いことに、そういう連中に限って金持ちなのである。
グラッドストンという男も、闇社会ではそのように思われていた。
潤沢な資金を持っており、奴隷市場では幾人もの奴隷を買い付けているのは情豪であるからだと。
誰が想像するだろう。
彼が奴隷市場に出向くのは、奴隷を助けるためであるなどと。
全員は無理だ。
無理な買い付けは疑念を呼ぶし、他の客から恨まれることにもなってしまう。
だから、何人かだけ。
それが彼にできる精一杯だった。
屋敷に連れ帰った奴隷には教育を与え、本人の希望があれば故郷に帰すようにしてきた。
もっとも、希望した者は一人もいなかったが。
帰ったとしても、いつまた奴隷狩りに捕まるか知れたものではないから。
それよりもグラッドストンの屋敷で、ちゃんと人間として生きていくことを彼女たちは選んだのである。
そしてある日、奴隷市場に出向いたグラッドストンは、とんでもない災厄に見舞われることになった。
競りが始まったかと思ったら、いきなり光源魔法が投射され、何かの建物の上に立った若者たちがわけのわからない口上とともに襲いかかってきたのである。
あっという間だった。
奴隷商人も、その護衛も、他の客たちも殺されていった。
グラッドストンは、内心で快哉を叫びつつ恐怖に震えていた。
いずれ自分も殺されるだろうから。
それは仕方がない。
彼は幾人かの奴隷を救ったが、救えなかった数の方がずっと多いのである。
罪ほろぼしだと思えば、顔を隠した若者たちを恨む気にもなれなかった。
しかし、事態は思いも寄らない方に動く。
グラッドストンが斬られようとしたそのとき、若者たちの仲間とおぼしき一人が止めに入ったのだ。
「アンタ。もしかしてあの娘たちを助けるために買っていたんじゃないスか?」
と。
「私がそれに是と答えたとしても、証明する手立てがない。君たちにとって憎むべき奴隷商の仲間にすぎないだろう」
グラッドストンの言葉に、若者の一人が建物の方にハンドサインを送った。
これはもちろんライオネルである。
やがて、ミリアリアと一緒に地上に降り立ったメイシャが、端然とたたずむグラッドストンの正面に立った。
「いくつか質問をいたしますわ。正直に答えてくださいましね」
「わかった」
「あなたのお名前は?」
「グラッドストン。元リントライト王国の一等会計監だ」
中堅どころの地位である。
大臣などからみると二段ほど落ちることなるが、軍部で考えればリントライト時代のキリル参謀ほどの地位職責だ。
「グラッドストンさん。あなたは奴隷たちを助けていたのですか?」
「全員ではない。私が救えたのはほんの一部に過ぎないさ」
自嘲を交えて答える。
メイシャは頷き、ライオネルに向き直った。
「この方は善なる者ですわ。この悪徳の街で、人を救うための孤独な戦いを続けていらっしゃったようです」
ついでに天啓もあったと。
さすがは在野ながらに司教の称号を受ける実力者である。
「ご無礼をいたしました。俺はライオネルといいます」
剣をおさめ、ライオネルが顔を覆う布きれを取る。
キリル参謀といい、このグラッドストン会計監といい、こういう人たちが中堅にとどまっていたからリントライトは滅びたんだろうなと考えながら。
「失礼だが。ライオネルというと、もしかして貴殿が軍師ライオネルか?」
グラッドストンの瞳に畏怖の光が宿る。
さきほどまでの、命を脅かされていた恐怖とはまったくの別物だ。
わずか一千の兵力で王国軍四万を打ちのめした神算鬼謀の軍神である。
彼のもとに参じるは、英雄アスカ、勇者サリエリ、韋駄天メグに聖女メイシャ、そして大賢者ミリアリア。
「まあ、そのライオネルですが、そんな大層な人間じゃないです。ただの冒険者ですよ」
威に打たれたように片膝を突こうとするグラッドストンを、まあまあと止める。
奴隷売買の現場を目撃してしまい、つい手を出してしまったのだと事情を説明しながら。
この出会いは、後に『賢王グラッドストン』というサーガの中で、前半の山場として歌われることになった。
人々にたいへん愛されたそれでは、奴隷解放のために戦うグラッドストンと仲間たちが危機に陥ったとき、颯爽と『希望』が現れたという筋書きである。
やたらと格好いい口上とともに。
そして、その口上部分をどう作るかが吟遊詩人の腕の見せどころといわれたほどであった。
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