第110話 悪徳の街(3)


 突如として広場に光が降り注ぐ。

 驚いて見上げる奴隷商人と客たちの目に映るのは、宿屋の屋上に立った俺たち六人の影。逆光になるようにミリアリアが調整してくれているので顔は見えないはずだ。


 まあ、見えたとしても布切れを顔に巻いている。

 もちろん人相が判らないように。


「ふはははははは!」


 そしてこのバカみたいな高笑いは俺ね。

 これもミリアリアのアイデアで、ひたすら芝居じみて、現実離れした感じにやろうということになったのだ。

 どこからどう想像しても『希望』とは結びつかないように。


「女子供を誘拐し、売り飛ばして利益を得ようとするものどもよ。人それを鬼畜という!」


 なあ、本当にこの口上、言わないとダメなのか?

 奴隷商人たち、きょとんとしてるぞ。


「貴様らの悪行もこれまでと知れ! とう!」


 地上四階の高さから飛び降りる。

 普通そんなことをしたら骨折くらいでは済まないだろうが、俺とアスカ、サリエリとメグの身体には飛行魔法がかかっているため、すちゃりと華麗に着地する。


 一気に敵の中央部に、である。

 なにが起きたか判らずに棒立ちになる奴隷商人とその護衛ども。


 彼らが敵襲だと認識したのは、四人が一人ずつを殺してからだった。

 遅いね。

 遅すぎる。


 機先を制されているとはいえ、そんな反応では戦場でものの役に立たない。

 俺に向かってきた大柄な護衛の剣をサイドステップでかわし、すれ違いざまに胴を叩き切る。


「攻撃が大振りすぎるだろ。なんでそれが当たると思ったんだ?」


 冷然とした言葉を投げつけ、俺は次の敵へと向かった。






 奴隷商人が二十人に護衛が四十人ほど。

 そして身なりの良い連中が十五人ばかりいるが、こいつらは客だろう。


 一人残らず殺す予定である。

 なにが起きたのか判らなくするには、目撃者を出さないということが大事だし、復讐戦を挑まれるのも面倒だからだ。


 きれいさっぱり、後腐れなく殺す。


 本当であれば客たちは生かしておいて、こいつらが過去に買った奴隷たちも助けたいところだけど、さすがにそこまでやってしまうと俺たちの身元がバレてしまう可能性が高い。


「ここで殺してしまえばぁ、少なくともこいつらはもう人さらいはできないしぃ、奴隷を買うこともできないのん~」


 というサリエリの言葉どおり、やれることをやるしかないのだ。


 そのサリエリとアスカは次々と護衛を倒している。

 戦闘力のある連中から倒すというのは順当な判断ではあるが、抵抗の困難を悟って奴隷商人が逃げ始めた。


 護衛が殺されているうちにとんずらをかまそうとは、なかなか見上げた根性である。

 このくらい厚顔でなければ、こんな商売はできないのだろう。きっと。


 そして、俺たちがそれを黙って見過ごすほどお人好しだとおもってるんたろうな。

 悪賢いのは自分だけ、と。


 天空から飛来した高速回転する氷の輪が、二、三人の奴隷商人の首をまとめて飛ばした。

 もちろんミリアリアの魔法、八つ裂きリングである。


 彼女とメイシャが屋上から動いていないのは、援護と同時に逃げるものがいないか俯瞰で監視するためだ。


 数では圧倒的に勝っていたはずの護衛たちだが、アスカとサリエリの驍勇に対抗できるはずもなく、一人また一人と葬られていく。

 半数ほどが殺されると、すっかり腰が引けてるようなありさまである。


「自分より弱いやつとしか戦ってこなかったんスよね。よくわかるスよ」


 しゅっとメグの右足がかすめば、回し蹴りで喉を掻き切られた護衛が笛のような音と鮮血をまき散らしながら倒れ込む。


 わけのわからない技に、護衛たちの混乱はますます深まるが、じつはメグのブーツのつま先には出し入れ自在の鋭利な刃が仕込まれているだけである。

 夜の闇の中では、たとえミリアリアの光源魔法があっても判別できないだろうけどね。


「だすけっ! ころさないでっ!」


 でっぷりと太った身なりの良い男が、こけつまろびつ近づいてくる。

 おそらく金貨の詰まった袋を掲げて。


 奴隷たちの命を買うはずだった金で、自分の命を買おうというわけか。


 無言のまま、俺は男の肩の高さで焰断を一閃させた。

 滑稽なほど軽い音を立てて首が転がる。


 小半時(十五分)ほどの戦闘、いや、戦闘と呼べるものではなかったな。一方的な虐殺で奴隷商人、護衛、客どもはほぼ全滅した。


 生き残っているのは客が一人だけ。

 というのも、その男は最初にいた場所から一歩も動かなかったから。


 俺たちは基本的に動くものを優先的に倒す。

 攻撃にせよ逃亡にせよ。

 だからある意味、動かないというのが最も安全ではあったのだ。


 焔断を提げ、俺は近づいていく。

 身じろぎもせずに待つ男。


「なにか言い残すことはあるか?」


 問いかけたのは、彼の肝の据わりっぷりに対して、それなりの敬意を示すべきだろうと判断したからだ。


「とくにない。あの子たちの未来が気にかかるが、いまさら気にしても詮無きこと。斬りたまえ」


 檻の方へと視線を向ける。

 詫びるように。


「笑止だな。性奴隷を買おうという者が、奴隷の未来を気にするか」


 すっと刀を構える。

 せめて一撃で、苦しまずに殺してやろう。


「ネルダンさん。斬っちゃダメっス。こいつからは奴隷愛好者マニア独特の臭いを感じないス」


 謎のセリフとともに、メグが俺を止めた。

 なんだよ臭いって。


 

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