第108話 悪徳の街(1)


 ありていにいってゴーストタウンのようだった。

 かつては五十万以上の人が暮らしていたガラングランは、もう三万人も残っていないらしい。

 昨日泊まった旅籠で得た情報である。


 王城が燃え落ちたあと、目端の利くものはすぐに荷物をまとめて街から出て行った。

 これが最も賢い部類だったそうだ。


 一ヶ月を待たずして、ガラングランは混乱の坩堝となる。

 このときに脱出した人は、ほとんど最低限のものしか持ち出せなかったという。


「略奪とかもあったんだろうな」


 大通りだった場所に立って眺めれば、両側に建つ商店などはほとんどが窓や扉が破られている。

 さすがにあれは自然災害ではないだろう。


「まだなんか残ってるかな!」

「あるわけないの~ めぼしいものはみんな持って行かれてるよぅ」


 宝探しをする気満々のアスカを、のへーっとサリエリがたしなめた。

 愚王モリスンの自殺は自業自得というものだが、そのとばっちりは最も弱い人たちに及んだのである。

 というより、国が滅びるときに、一番割を食うのはそういう人たちだ。


「これからどうします? ネル母さん。情報を集めようにも人っ子一人いませんが」


 くいと帽子の鍔を上げ、ミリアリアが周囲を見渡した。

 街門は開けっぱなし、門兵もいない、街の中にも人影はない。

 ゴーストタウンという印象そのまんまである。


「日中はこんなもんスよ。ガイリアのスラムと一緒ス」


 答えたのはメグだった。

 ほろ苦い表情で。

 彼女は盗賊ギルド出身だから、裏町についてはチームで一番詳しい。


 盗賊団でもチンピラでも良いが、そういう連中は基本的に夜行性なのだそうだ。

 夕刻を過ぎてから起き出し、日が昇ったら寝る。


「よく判らないな。灯火の油代だってもったいないじゃないか。夜の街に巣くって利益をむさぼるならともかく、こんな誰もいない街で、夜になにをするんだ?」

「夜になればわかるスよ」


 そういってメグが指さすのは、かろうじて営業しているっぽい宿屋であった。






 主人が逃げた後の高級宿を勝手に使っているような胡散臭い小男が提示した金額は、相場の数倍だった。


「そうか。なら俺もお前を殺して、勝手に居座るとしよう」


 冷たい目で男を眺め、愛刀の焰断へと手を伸ばす。

 思い切り殺気を放ちながら。


「ひぃっ!」

「ライオネル。落ち着ついてください」


 ぽんと俺の腕を叩き、ミリアリアが一歩前に出る。


「欲をかくのは感心しません。命を縮めますよ」


 そう言って、だらだらと冷や汗を流す小男の前に数枚の銀貨を置いた。


「相場より少し多めに支払います。それで我慢なさい」

「甘いな」

「良いんです。こんな場所で商売をするのも苦労でしょうからね」


 自動人形のような動きで鍵を差し出す男に、ミリアリアが笑いかける。

 冷たさと優しさが同居した魔女の笑みだ。

 そして俺が最後に一瞥をくれてやり、大部屋へと向かう。


 男の目には、もう恐怖しか浮かんでいなかった。


 もちろん、俺とミリアリアの態度は演技だ。

 こういう場所で言い値通りに支払ったら、カモだと思われるだけ。夜中に強盗さんたちが部屋に押し入ってくること、疑いなしである。


 撃退することは容易いけど、それでなにかメリットがあるわけではない。

 なので最初から厄介な連中だと思わせることにした。


 俺は人殺しなんかなんとも思ってない無法者。他の連中も同じだけど、ミリアリアだけは多少は話がわかる人物、と。


 一人が難癖を付けてもう一人がまあまあとたしなめるのは、情報収集をする特殊部隊なんかでもよく使われる方法なのだとサリエリが言っていた。


 そうやって相手の心理を誘導するのである。

 なんとなくミリアリアに助けてもらったような気分にね。


 これであの男はミリアリアに対して恩義を感じるから、強盗をけしかけようとは思わなくなるというわけだ。

 高尚でもなんでもない交渉術である。


「次は、わたしがたしなめ役をやってみたい!」


 部屋に入ると、さっそくアスカが主張を始めた。


 治安の悪い場所ではけっこう使っている手なのだが、アスカとサリエリがたしなめ役をやったことはない。

 前者は腹芸ができないし、後者はのへーっとしているから。


 サリエリの寝惚け眼スリーピーアイズは、ある程度の実力者には危険だと判断されるけど、素人さんにはただボケボケしてるようにしか見えないからね。迫力がなさすぎるんだ。


「アスカは途中で笑い出しちゃうんじゃないですか? 母ちゃんとか呼んだらダメなんですよ?」


 帽子を脱ぎ、旅装を解きながらミリアリアが笑った。


「大丈夫だよ!」


 元気一杯だが、それだってたしなめ役には向かない。

 もっとこう、底冷えするような迫力がないと。


 たとえばメイシャのように、にこにこと笑いながら相手の頭にメイスを叩きつけるような狂気の演出とか。

 たとえばメグのように、耳元に口を近づけて「この金の意味、わかるスよね?」ってぼそっと言うような不気味さが必要なのである。


 アスカって、良くも悪くも裏表がないからね。


「さてメグ。夜になったら判るということだったけど」

「はいス。たぶん、くそ面白くもない光景が見られるスよ」


 吐き捨てるように、元盗賊の女が言った。

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