第107話 希望の諸国漫遊記


 調査はべつに俺たちだけがおこなうわけじゃない。

 ガイリアシティとその周辺都市は、総参謀長キリル閣下の手配で綿密な調査がおこなわれる。


 ていうかこっちが本命だ。

 ガイリア王国としての優先度は、ガイリア王国を守るというのが第一だもの。

 同様に、マスル王国でもピラン城でも、悪魔が動いていないかきちんと調べることだろう。


希望ホープ』の諸国漫遊は、あくまでも念のためという措置である。


「王国政府からの指名依頼ですからね。断るわけにはいきませんが、私としては『希望』にこそガイリアに残って欲しいですよ」


 依頼受諾のために訪れた冒険者ギルドで、ジェニファが大げさに両手を広げた。

 ジーニカ女史にねじこまれた、と、ぶーぶー文句を垂れなから。


「仕方ないだろ。実力があって小所帯ってクランはうちくらいしかないんだから」


 そしてなぜが政府を弁護するような格好の俺である。

 おかしい。

 俺はけっして王国の回し者ではないないはずなのに。


「ええ、ええ、そうでしょうとも。ライオネルさんは私よりジーニカさんがいいんですよね」

「意味が判らん。依頼の出元は陛下だろうが」


 ジェニファを選ぶかジーニカ女史を選ぶか、という選択肢ではまったくないはずだ。


「まあ、冗談はともかくとして、『希望』にこそガイリア防衛を担当して欲しいってのは本音です」

「たった六人のクランでなにができるって話だけどな」


 家宰のアニータを入れても七人だ。

 防衛戦ってことになったらほとんど意味のない数字である。


「勝ってるじゃないですか。何回も」

「あれはまた事情が違うからなぁ」


 一時的に指揮権をもらって戦功を立てたけど、すべて奇襲戦法によってだ。

 これって結局、少数部隊に許された唯一の勝算ってやつなんだよね。


 実際、リントライト軍の本隊を打ち破ったのはカイトス将軍とグラント魔将軍の連合部隊だし。


 そのあたりのことをジェニファに説明しても、軍略に明るくない彼女には理解できないだろう。


「俺たちはちょろちょろ動き回っていた方が、敵としては目障りだってことなんだ」


 フルーレティを倒したほどの実力者が、諸国を調査しながら歩いているとなれば、他の悪魔だってなにかアクションを起こすかもしれない。

 それを悪魔の尻尾と見なして思い切り引っ張ってやれば、びっくりして悪魔どもの本拠地に逃げ帰るかもしれない。


 かもしれないにかもしれないを重ねた程度の作戦行動なのである。

 今回の遠征は。


「目立つ俺たちの方がエサ役には向いてるってだけの話さ。妙案奇策でなくて申し訳ないが」


 肩をすくめてみせる。

 クランハウスで散々バカにされたからね。

 娘たちに。


 神算鬼謀がない俺は、彼女たちが守らないとダメなんだそうだ。

 立つ瀬なしである。


「私の言ってるのは実効戦力の話ではなく、心理的効果の話なんですが。なにかあったとき、ライオネルさんが近くにいてくれたら安心かなって」


 ふふ、と、淡く微笑むジェニファ。

 清楚な美貌とあいまって非常に儚げな印象だ。


 どきっとしてしまう。ていうか俺じゃなかったら一発で落ちてるんじゃないか? これ。

 告白されたと勘違いして。


 だがしかし俺は騙されない。

 普段から、散々娘たちにいじられているからね。

 経験値が違いますよ。経験値が。


「頼られている、と解釈しておくよ。あれだぞジェニファ。独身の男相手にそういう言い方をしたらダメだぞ。勘違いされるからな」

「……冷凍野菜級の鈍さか……」

「ん? なんだって?」


 ぼそっとなにか言ったけど聞こえなかった。


「武運長久を祈りますって言ったんですよ。忙しいんですから、とっとと帰ってください」


 しっしっ、と追い払われてしまった。

 ひどい。


 老婆心からアドバイスしただけなのに、なぜか逆鱗に触れてしまったようである。






 まず目指すのは、かつての王都ガラングランだ。

 いまは冬バラ都市国家連合の一角である。


「結局、どこの国も支配に乗り出さなくて、取り残されたわずかな市民が自治をおこなっているんでしたっけ」

「自治とは名ばかりのチカラによる支配らしいけどな」


 ミリアリアの言葉に頷く。

 ガラングランへと向かう乗合馬車など二年前ならいくらでもあったが、いまはもう一本もない。

 ゆえに今回も徒歩の旅だ。


 途中の宿場町も軒並みすたれてるって噂である。

 もしかしたら野宿をしなくてはいけない局面もあるかもしれない。交易都市ガイリアと王都ガラングランを結ぶ街道なんて、かつては最も人通りが多い場所の一つだったろうにな。

 寂しい限りさ。


「チカラで支配ですか」


 とんがり帽子の下に冷笑が浮かぶ。

 聡い彼女には状況が見えているのだ。


 土着の者が多く住む農村ではない。生産より消費に不等号が開いていた大都市である。構成する人のほとんどがどこからか引っ越してきた人たちである。

 街を捨てることにそんなに躊躇いはない。

 実際、アニータだってガイリアに流れたわけだしね。


 人間ってさ、ぎりぎりまで追いつめられたら身ひとつで逃げるから。

 家も土地も財産も、へたしたら家族や友人だって捨てて。


 だから、チカラなんかで支配したら、人がいなくなってしまうだけ。

 意味がないのである。


 いまのガラングランがどうなっているか、想像すると怖いものがあるね。


「そんなに廃れてしまったら、お食事処も期待薄ですわね」


 しゃらんしゃらんと錫杖ビショップスタッフを突きながら、まったくブレないことを言うのはメイシャだ。

 こないだの悪魔討伐とレギオン浄化が至高神教会に認められ、在野ながら司教ビショップの称号をもらったのだが、考えていることはだいたい食べ物のことばっかりである。


 大丈夫か? 至高神。

 こんなのを司教にしちゃって。


 教義が変わっちゃうかもしれないぞ? からあげを崇めよとかいいだしても知らないぞ?

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