第8章

第106話 シンプルリーズン


「悪魔の蠢動か。予の代でいきなり起きるとはな」

「良い方に考えることだて。王よ。悪魔を退けられる者がいるときで良かった、とな」


「たしかに。我らにはお母さんがついておるな」

「うむうむ」

「……ちょっと、待ってもらえますか」


 好き勝手なことを言っている初老と中年を、俺は手を挙げて制した。

 ほんとだったら、スパーンと頭をひっぱたいてやりたいところだけど、それをするといろいろまずい。


 なにしろ目の前にいるのは、ガイリア王ロスカンドロスと大将軍カイトスだからね。

 叩いちゃうと、さすがに不敬罪とかが適用されてしまう。


 悪魔フルーレティとレギオンの討伐について詳細な報告を求められたため、俺は王城を訪れていた。

 まあ、為政者としては悪魔絡みの事件を見過ごすわけにはいかないよね。


 で、報告した結果、悪魔フルーレティが単独で行動していたとは考えにくい、という結論に至ったわけである。

 報告会はそのまま対策会議へと移行した。


「俺は冒険者なんで、依頼があれば悪魔とも戦いますけど、勝てるとは限らないんですよ?」

「悪魔とも戦うなんて、言い切っちゃったよ。こいつ」

「普通は逃げることを考えるのに、剛毅なことだて」


 王様と大将軍が笑う。


 つーか、逃げてもなんも解決しないでしょうが。

 あいつら、すべての人間を目の敵にしてるんだから。

 世界から人間を消し去り、文明を破壊し、そして自分たちも無に帰ろうっていう、どこまでも傍迷惑な自殺志願者なんだからさ。


 かつて世界は悪魔によって滅ぼされたわけで、月にすらいけたなんていう超巨大魔法文明は消えてしまった。

 フロートトレインとかドラゴンゴーレムとかは、その遺産だね。

 二の舞を演じたくないのなら、戦うしかないじゃん。


簡単な理屈シンプルリーズンだと思うんですよね。勝てる勝てないは別問題として」

「それは軍師ストラデジストとしての意見か? ライオネル」


 真面目な顔になったロスカンドロス王に俺は頷く。


 ベッドに潜り込んで、嫌だよう怖いようって震えていれば誰かが都合良く解決してくれる、という類の話じゃない。

 滅ぶのを是としないなら、自分たちでやるしかないのだ。


「たしかにな。汝の言うとおりだ。ライオネル。某もまだまだくたばるつもりはないから、戦うしかないな」


 豪放磊落にカイトス将軍が笑う。


「はい。そしてここからが技術論になります」


 戦う覚悟は定まった。次に考えるべきは、どう戦うのか、どうやって勝つのかという部分だ。






 王様たちとの会談を終えて待機ロビーに顔を出すと、メグが大将軍付の武官たちと談笑していた。


 一見するとただの雑談だが、栗毛の斥候はちゃっかり軍部の情報を聞き出している。

 なにが仕事の種になるかわからないからね。

 情報を集めておくにこしたことはないのだ。


 たとえばサリエリなどだったら、のへーっと眠そうな表情と口調で油断を誘う。メイシャだったらダイナマイトバディと気さくな人柄で相手の懐に踏み込む。メグは好奇心満々な聞き上手といった感じだ。


 しきりにすごいスねと感心して相手を持ち上げ、気分良く話を引き出すのである。 


 ただ、相手も然る者ひっかく者、カイトス将軍の随員に選ばれるような武官たちだ。調子に乗ってぺらぺらと余計なことを喋ったりしない。

 話して良いことだけを巧みに話す。


 その中から、彼らが秘匿している情報を嗅ぎ取っていかなくてはいけないのだ。

 まさに妖狐と魔狸の化かし合い。


 そんな環境にずっと身を置いているから、外交官って性格が悪くなるんだな。きっと。


「ネルダンさん。話は終わったんスか」


 武官たちに一礼し、たたっとメグが駆け寄ってくる。


「ああ。近々ギルドを通して指名依頼がくるだろう」


 並んで歩きながら軽く説明した。

 ちゃんとした話はクランハウスに戻ってからするとして、同行者にはある程度の事情は明かしておくというのが俺の流儀だ。

『金糸蝶』時代からのね。


 これは、たとえば帰りに俺の身になにかあった場合の保険だったりする。

 事情を知っている者がいれば、何者に襲われたのか推理しやすいからね。もちろんこの備えが役に立ったことは一度もないが、そもそも保険ってのは使わない方が良いに決まっているのだ。


「まずは調査。ロンデン王国、シュモク大公国、冬バラ都市国家連合をまわって、不穏な動きがないが確認する感じかな」

「こないだの内乱でできた国ばっかりスね」


 メグが小首をかしげる。

 なぜそこを調べるのか判らなかったからだろう。


 じつは、たいして根拠があるわけじゃない。

 悪魔フルーレティが騒ぎを起こしたのが、やはりリントライト王国の崩壊にともなって建国されたガイリア王国だったから、という程度だ。


「ネルダンさんらしくもない薄っぺらな根拠スね」

「そう言ってくれるなよ。メグ。悪魔が考えることなんて、読みようがないんだ」


 俺は肩をすくめてみせる。

 軍略というのは、同じ人間が相手だから意味を持つ。

 これがモンスターが相手でも有効なのは、やつらにも生存本能があるからだ。


 生きたい、死にたくないって部分を上手く利用することで様々な作戦を組み上げることができるのだが、悪魔にはそれがない。


 最終的には自分たちも滅びたいと思っているから、どんな手を使うかまったく読めないのである。

 だから、オーソドックに調べ始めるしかない。


 はあああ、と、大げさにメグがため息をついた。


「知略の冴えのないネルダンさんなんて、ただの格好いい兄さんじゃないスか。がっかりスよ」


 謎の嘆きとともにね。


 けなすのか褒めるのかどっちかにしなさいよ。アンタ。

 泣いちゃうわよ? おもに俺が。


 

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