閑話 日常


 亡霊退治の依頼だったが、背後に悪魔の陰謀があったことがあきらかにされ、これを倒した『希望ホープ』の評価はますます上がった。

 もはや押しも押されもしないトップクランのひとつである。


 マスル王国の王都リーサンサンでも、ピラン城でも、インダーラ王国の王都マリシテにも、『希望』の名は轟いているのだから、ガイリアを代表する冒険者クランだといっても、さほど言いすぎではないだろう。


「やっぱりネル副団は只者じゃなかった。もしあのまま『金糸蝶』が続いたらって思うと、惜しかった気もするけどな」

「俺もそう思わんでもないが。だが、案外これで良かったんじゃないかって思いもある」


 そういって軽く掲げたニコルの酒杯に対して、ジョシュアも掲げてみせる。

 無言のまま。

 杯をぶつけることもなく。


 献杯だ。


『金糸蝶』のリーダーであったルークの亡霊が迷い出て、ライオネルに斬られたという話に、彼らも触れたのである。

 最後は喧嘩別れに近い辞め方だったが、かつては兄貴と呼んで慕った男が迷ったと聞けば、さすがに虚心ではいられない。


 そのため、『金糸蝶』時代によく使っていた酒場に連れ立って出かけた。

『葬儀屋』に移ってからは、ずいぶんご無沙汰であったが。


「アスカたちと出会って二年もしないうちに、天辺に上り詰めてしまった。たぶんこうなる運命だったんじゃないかって気がするんだよな」


 ニコルが曖昧な表情を浮かべる。

 けっして『金糸蝶』時代を否定するつもりはないのだが。


 だが、やはり思ってしまうのだ。

『希望』だからライオネルは高く高く羽ばたくことができた。『金糸蝶』の羽では、これほど高く飛ぶことはできなかっただろう、と。


「ところでニコル。お前は誰に賭けたんだ?」


 親友の表情になにかを察したのか、ジョシュアが話題を変える。

 ガイリアの冒険者なら誰でも知っている賭け事の話に。


 曰く、ライオネルは誰と結ばれるのかレースだ。


 アスカ、ミリアリア、メイシャ、メグ、サリエリという『希望』の五人。それに加えて、家宰のアニータ。

 さらには、冒険者ギルドの職員であるジェニファ、魔術協会のマルガリータ導師、至高神教会のカトレア司祭、ガイリア政府秘書官のジーニカ女史。

 誰が堅物ライオネルのハートを射止めるのか、という、お世辞にも上品とはいえないギャンブルである。


「さあな。あんがい誰とも結婚しないなんて結末も、あの人らしいけどな」


 苦笑とともに、くいと酒杯を空けるニコルだった。






「母ちゃん! はやくはやく!」

「鞘くらい一人で買いに行けよ」


 アスカに腕をひかれながらライオネルが街路を歩く。

 休息日だというのに団員の買い物に付き合わされるリーダーなのである。


「わたしだけじゃ善し悪しわかんないもん!」

「良いも悪いも、鞘なんか刀身が収まればそれで良いだろうが」

「かっちょいいのが良いの!」

「へいへい」


 苦笑いしながら、ひかれるに任せて進むライオネル。

 出会ったばかりの頃、まだぜんぜん金もないくせにレザーブレストに刺繍を入れてもらったりしていたんだよな、などと思い出しながら。


 あのときは、こいつらは自分がいなかったら野垂れ死んでしまいそうだ、などと思ったものだ。

 しかし二年近くがすぎ、少女たちも成長した。


「もう俺がいなくても、みんなに立派にやっていけるだろうな」


 ぽつりと呟く。

 あるいは、去りどきが近づいているのかもしれない、と。


「はあっ!? 母ちゃんなに寝惚けたこといってんの!」


 聞きとがめたアスカが、正面からライオネルを睨み付けた。


「わたしたちがいなかったら、母ちゃんすぐ死んじゃうじゃん!」

「う……」


 痛いところを突かれ、ライオネルが言葉に詰まる。


 インダーラ王国での武闘会では一回戦敗退。援兵として参加したマスル・ダガン戦争では重傷を負い、つい最近のレギオン戦では呪いをもらって死にかけた。

 まさに良いところなしで、娘たちを守るどころの騒ぎではない。


「だから、わたしたちで母ちゃんを守ってあげる!」


 いつの間にかそういうことになってしまったらしい。

 不意におかしくなり、ライオネルは噴き出してしまった。


 これはこれで面白い未来図かもしれない。

 一人前の冒険者に育てなければと思っていた娘たちが、一人前どころか一流になってくれた。

 そして今度は自分を守ってくれるという。


「なんで笑うの! 母ちゃん!」

「いやあ。親孝行される親の気分ってやつを味わってしまってな」


 手を伸ばし、アスカの赤毛を撫でた。

 背も少し伸びた気がする。


「老いては子に従えというからな。よろしくたのむよ」


 わざとらしくよぼよぼしてみせたりして。

 彼自身、世間一般では青二才と呼ばれる年齢である。


「まかせて! 一生守ってあげるから!」

「いや、さすがに一生はちょっと」


 勢い込んで宣言するアスカに、ちょっと退いてしまうライオネルだった。

 一生というのは重すぎるから。

 さすがに。


「ち」


 と、ちいさくアスカが舌打ちした。

 たとえるなら、必殺の一撃がかわされたときのような表情で。


「ほんっと、そういうとこなんだよね! 母ちゃんって!」

「意味がわからん」


「まあいいや! 抜け駆けは御法度だもんね!」

「もっと意味がわからないんだが?」

「いいの!」


 そういったアスカが、面食らっているライオネルの手をふたたび引いて律動的に歩き出す。


 街ゆく人々が微笑ましく見守っている。

 まるで親子のようなやりとりを。






第三部 完

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