第104話 レギオン
「ガイリアに対して非常に強い恨みを感じましたわ」
メアリー夫人にかかっていた呪詛を解呪したメイシャが、俺たちを引きつけて寝室を離れたあと、重々しく告げる。
呪いによる高熱や体調不良からは解放されたとはいえ、四日間も身体が蝕まれていたのだ。
いまは休息が必要だろう。
そしてそれ以上に、病人の前でするような話でもない。
つまり夫人を限定して狙ったのではなく、ガイリアシティに住む名士なら誰でも良かったというわけだ。
完全に無差別攻撃である。
「いや、違うか。ガイリアの経済にダメージを与えたいってことだな」
「悪魔がそんなことを考えますか? 母さん」
俺のつぶやきにミリアリアが首をかしげた。
たしかに悪魔が経済に対して攻撃を試みるなんて、聞いたことがない。
「けど名士の方々が病に倒れ、たとえば仕事が止まったりすると労働者たちは失業してしまうだろ?」
「最初から貧しい人は貧しさに気づかない。でも転落した人はものすごい不満を抱えることになる、ということですか」
「さすがだな。ミリアリアは」
相変わらず聡い娘の頭を撫でた。
日々の食べものにも困る、なんて生活をしていた人たちも、いまの好景気でそれなりの金銭を得ている。
健康上の理由以外で食べるものを我慢するという人も、ほとんどいなくなった。
この状況から、ある日突然仕事がなくなり路頭に迷ったら、どういう心理状態になるかという話である。
不満、将来への不安、経営者への怨嗟。
そういった感情が町に溢れるだろう。つまり悪魔にとっての絶好のエサだ。
「そのために亡霊を使ったということですか。回りくどいですね」
「そもそも悪魔ってのは回りくどいモノらしいからな。亡霊たちに対しても、双方に利益があるような取引を持ちかけたんだろうさ」
ふんと俺は吐き捨てた。
だからこそ、ルークの亡霊は俺に助けを求めたのである。
あいつがガイリアシティに害を為すようなことをしたがるはずがない。いろんなことがあった町だけど、それでもここは俺たちの生まれ故郷だから。
みじめったらしく『希望』のクランハウスにすがりつくことで、あえて悪魔フルーレティの失笑を買い、町に悪さをすることを避けた。
そういうことなんだろ? ルーク。
しかし、ルークの思いとは裏腹に、積極的にガイリアシティを害したい亡霊だっている。
下は孤児院や寄宿舎を脅かして喜んでいる程度だが、こうして呪詛による破壊行為を続けている連中だっているのだ。
「今宵、町の広場で除霊をおこないますわ」
決然と宣言したメイシャに、アスカとミリアリアが大きく頷いた。
メアリー夫人が巻き込まれたことに、三人とも強い憤りを感じているのだろう。
俺はぼんと彼女たちの肩を叩く。
思いは同じだ。
三人娘はメアリー夫人のため、俺はルークのため。戦う理由は充分である。
「けど、だからこそクレバーにな」
「うん!」
「はい。わかってます」
「安んじてお任せあれですわ」
アスカ、ミリアリア、メイシャが、それぞれの為人で頷いた。
町の広場に設置された聖印は、悪霊除けならぬ悪霊寄せらしい。
亡霊たちは、これにすがらずにはいられないのだそうだ。
そして広場に入った亡霊が出られないように、不可逆結界なるものをメイシャが描いた。
「ここから出るには、陣を敷いたわたくしを倒すしかありませんわ」
「つまりメイシャは絶対に守らないといけないってことスね。いつものことス」
メイシャの言葉にメグが笑う。
回復役のプリーストはチームの要だ。
そこには絶対にダメージがいかないように作戦を立てるというのが、どんなパーティーでも基本戦術となる。
『希望』の最もオーソドックスなフォーメーションでも、俺がメイシャとミリアリアを守れる立ち位置だし。
「きますわよ。最初は低級な連中から」
夜半が近づき、金髪のプリーストが鋭く警告を発する。
四方の通りから、ものすごい形相で近づいてくる亡霊どもを俺も目視で確認した。
すらりと焔断を抜く。
「戦闘開始だ!」
『OK!』
俺の号令に娘たちが唱和した。
陣形は聖印を守るメイシャを中心にいれた円陣で、五人全員がメイシャに対して背中を向けている格好である。
メグもミリアリアも敵と対峙することになるが、そもそも亡霊は肉弾戦ができないから、前衛も後衛もない。
ミリアリアは間断なく放つマジックミサイルで、メグはメイシャから祝福をもらった二振りのナイフで、それぞれ戦っている。
「なんだかマジックミサイルの連射って懐かしくなりますね」
とは、いまや大賢者なんて呼ばれるミリアリアの言葉だ。
出会ったばかりの頃は、戦闘中に不測の事態が起きるとすぐにテンパってしまい、とにかくマジックミサイルを撃つことしかできなかったんだよな。
こうやって速射性と誘導性を重視して使うんじゃなくて。
「大物が近づいてきますわよ! かなりの霊力ですわ!」
メイシャの警告に、一瞬だけ和んでしまった俺は気持ちを引き締める。
悲鳴とも怨嗟ともいえない不気味な唸りをあげ、通りを曲がった霊体が姿を見せた。
でかい。
かなり歪な球体で、そこに無原則に大量の顔や腕があるという、生理的な嫌悪を抱かせる姿だ。
「
背後からぼつりと聞こえた声。
だが俺はほとんど聞いていなかった。
ひときわ恨みのこもった目で、こちらを睨む顔に注目していたからである。
「リントライト王モリスン……」
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