第103話 呪詛
「悪魔フルーレティを倒したぞ」
「またまたぁ。いまさら大ボラを吹かなくたって、『希望』の実力を疑う人なんていませんよ」
「うん。そういう反応だろうってことは予想してた」
ジェニファの言葉に、俺は肩をすくめてみせた。
激闘の翌日である。
フルーレティと戦い、これを討ち滅ぼしたことを冒険者ギルドに報告した。
べつに依頼を受けて倒したわけではないけれど、世界の天敵を一体でも二体でも減らしたことは、ちゃんと言っておかなくてはならないだろうから。
「……マジですか?」
「ああ。ルークの亡霊を引き連れていた」
「あれ? ちょっと待ってくださいね」
小首をかしげたジェニファが書類の束をめくる。
やがて、白い指が一枚の依頼書で止まった。
「冒険者の亡霊が夜な夜な町に現れて悪さをしてるからなんとかしてくれって依頼があったんですよ。その亡霊の中に、ルークさんらしき人の姿もあったって情報がありましてね」
初耳の依頼である。
昨日、ギルドに寄ったときにはそんな話は出なかった。
「そんな話、初めて聞いたぞ」
「昨日は、疲れてるだろうと思って言わなかったんですよ」
「ほほう? 本当は?」
じっとジェニファを見つめる。
降参とでもいうように、鬼のギルド職員は両手をあげてみせた。
「悪さをする亡霊ってのの中には、ルークさんっぽいモノの目撃情報がありましたからね。元『金糸蝶』以外の方に話を振ろうと思ってました」
気遣い屋である。
もちろん、やりにくさが先に立ってしまい失敗してしまうっていう可能性も考慮されているだろうけど。
「乗りかかった船だ。その仕事、うちに回してくれ」
「おおもとの悪魔を倒しているなら、あとは亡霊退治だけですしね。『希望』なら簡単だと思いますよ」
にっこりとジェニファが笑う。
なにしろ肉体がないからね。
ものを盗んだり人を殴ったりなんかできない。
脅かすオンリーである。
ただ、悪魔フルーレティによってどんな力を付与されているか判らないから、油断は禁物だ。
冒険者ギルドから提供を受けた情報をもとに、ガイリアシティで目撃証言を集めるところから俺たちの捜査は始まる。
「やっぱりぃ、孤児院や寄宿舎が重点的に狙われてるねぃ」
「ストレートに怖がってくれる人が多そうだからな」
サリエリとの会話だ。
並んで街路を歩きながらの。
今回の仕事は全員でぞろぞろ動いても意味がないので、三チームに分かれて行動している。
俺とサリエリのアルファチーム、アスカとミリアリアのブラボーチーム、メグとメイシャのチャーリーチームだ。
どのチームにも魔法が使えるものが含まれているし、近接戦闘だって可能だ。
若干チャーリーチームの近接戦闘能力は落ちるけどね。
その分、亡霊などにはメイシャが無類の強さを誇る。
しかもメグは裏社会に顔が利くから、けっこう幅広く情報を集められるだろう。
老若男女を問わず人気の高い英雄アスカと大賢者ミリアリアは、一般の人々からの情報を集めるのが担当だ。
「そしてとくに芸のないうちとネルネルはぁ、ひたすら足で稼ぐぅ」
「ほんとのことを言うな。悲しくなるだろ」
俺とサリエリは地道に聞き込みである。
その結果、孤児院や寄宿舎のような、子供や若い人が多い場所で亡霊が目撃されていることが判った。
どれも怖がられてはいるけれど、実害はない。
今夜にでも亡霊を倒して一件落着だろう。
「簡単に済みそうだな」
「そういうことをいうとぉ」
俺の言葉に、のへーっとサリエリが笑ったとき、
「母ちゃん! 大変だ!」
ものすごい勢いでアスカが走ってくるのが見えた。
大声とともにね。
「ほらねぃ。どこの砦でもぉ、要塞でもぉ、今夜は敵襲がなくて平和だなんて言った瞬間にぃ、警報が鳴り響くもんなんだよ~」
「……心することにするよ」
はたして、アスカが持ってきた大変な事態というのは、町の人たちが幾人も原因不明の熱病にかかっているという話だった。
それが亡霊となんの関係があるのかと思うところだが、なにしろ悪魔が絡んだ亡霊騒ぎである。
俺たちはアスカの案内で、すぐにメアリー夫人の邸宅へと向かった。
捜査のついでにお土産を届けようと訪問したアスカとミリアリアが、夫人はふせっていると聞かされたらしい。
さらに、町の名士が何人も同じ症状だと使用人から伝えられたのだという。
名士だけを狙う熱病というのを不審に思ったミリアリアが機転を利かせ、メアリー夫人宅に全員を集めるようアスカに頼んだ。
そして彼女は俊足をとばして、アルファチームやチャーリーチームの調査区域にやってきたというわけである。
つまり、当たりを引いたのはブラボーチームということだ。
「呪詛ですわね。お医者様の範疇ではありませんわ」
合流し、患者を確認したメイシャがすぐに断じた。
そして聖句を唱え始めれば、メアリー夫人の顔色がみるみる良くなっていく。
「メグ。至高神教会に走って、すぐに僧侶の派遣を要請してくださいな」
「わかったス」
患者の数は数十名に及ぶため、メイシャ一人では手が回らないのだ。
「本当に、逞しくなったわね。あなたたち」
心配そうな顔を枕頭に並べていたアスカとミリアリア、そして回復させたメイシャの頭を、メアリー夫人が撫でる。
それはもう、慈愛に満ちた表情で。
うん。
お母さんというのは、こういう人のことをいうんだよな。
俺なんかじゃなくて。
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