第102話 悪魔


「くふ。良いですねぇ。その怒り。大変に美味しゅうございます」


 にたぁりと男が笑う。


「……てめえ、悪魔デーモンか」

「ご名答。フルーレティと申します。以後お見知りおきを」


 優雅というより、道化師のようにふざけた仕種で一礼する。


「大丈夫だ。朝には忘れているよ。アンタの顔も名前も」


 言った瞬間、俺は後ろへと飛んだ。

 攻撃を仕掛けるのではなく。


 なぜなら、すでに攻撃は放たれているから。

 俺の横を通過していく、ミリアリアとサリエリの魔法。


 それは正確にフルーレティに着弾し、大爆発を引き起こす。

 フレアチックエクスプロージョン。

 いきなりの大魔法は、だが挨拶代わりの一発だ。


 この程度の魔法で悪魔が滅ぼせるはずがない。


 こいつらは人類すべての、いや、世界そのものの天敵である。

 生命を嘲笑い、死者を冒涜し、この世を無にかえそうとする者。

 かつて世界を滅ぼし、すべての文明を破壊しつくした者たち。

 イングラルたち魔族とはまったく異なる存在であり、人間にとっても魔族にとっても滅ぼすべき者だ。


「爆炎が晴れます!」

「了解! いくよ! サリー!」

「りょ~」


 突っ込むアスカとサリエリ。

 聖剣オラシオンと炎剣エフリートが襲いかかる。


 だが、悪魔フルーレティは危なげなく二人の攻撃をさばく。

 ちょっと信じられない身体能力だが、そもそもそんな常識に縛られている相手ではない。

 どちらかといえばアスラ神族とか、そういうモノに近いのだ。


「八つ裂きリング!」


 ミリアリアの魔法が完成し、高速回転する氷の輪が悪魔に迫る。


 さすがにこれを受けるつもりはないらしく、大きく後ろに飛んで回避するフルーレティ。

 だが、着地の瞬間に絶叫を上げてひっくり返った。

 なんとそこは、カルトロップマキビシだらけの危険地帯だったのだ。


 もちろんメグの仕業である。

 むしろ、そこに追い込むためのミリアリアの魔法だ。


 そして地面にまかれたカルトロップには、メイシャの神聖魔法ホーリーウェポンが施されている。

 悪魔に対して特効のある至高神の御業。


「ぐああああっ! なんだお前ら! なんなんだ!?」


 転がれば転がるほど聖なるマキビシが突き刺さり、紳士然とした仮面を脱ぎ捨ててフルーレティが叫んだ。


「ホーリーフィールド!」


 それに応えることこともなく、メイシャの魔法が光の柱となって悪魔を包む。


「ぐあああっ!」


 これで一気に弱体化する。

 ならば、ここからは力押しだ。


 俺も前戦に加わり、アスカとサリエリの三人で攻撃する。

 なおも信じられない身体能力で受けたりかわしたりするフルーレティだが、少しずつダメージが蓄積していく。


「なんなんだお前ら! なんで怒りも興奮もなく戦ってるんだ! 異常者か!」


 失礼な。

 悪魔と戦うときの心得を実践しているにすぎない。


 恐怖、怒り、哀しみ、絶望、そういったマイナスの感情は、すべて悪魔のエサになってしまい、どんどん強くなってしまうのである。

 反対に、歓喜や祝福、希望のような感情はダメージを与える。

 が、普通は戦っているときに喜んだりできるものじゃない。


 だから感情を押し殺し、たとえば魔法人形ゴーレムのように無心で戦うのだ。


「いつかは悪魔と戦うもの、と、みんな覚悟してるんだよ」


 焔断がフルーレティの胴を浅く薙ぐ。


「教会でも教わるしね!」


 聖剣オラシオンが左腕を切り飛ばした。

 すぐに再生するが、服までは復元しない。ダメージの蓄積量が大きくなっているのだろう。


「うちたちもぉ、寝物語にきかされるからぁ」


 炎剣エフリートから噴き出した炎が悪魔の身体を包む。


「ぐあああっ!? なんで人間ごときが!?」

「そりゃあ! 顔にも態度にも出さないだけで怒ってるから!」


 ぐっと踏み込んだアスカが、ここが勝負どころとばかりにオラシオンを振るった。

 時折放たれる反撃を気にも止めず。


「わたしたちは母ちゃんとルークの関係をよく知らない! けど!」

「母さんが断腸の思いで彼を殺したことは知ってるんです!」


 アスカの言葉を引き着いたミリアリアのセリフとともに飛来した八つ裂きリングが、フルーレティの右腕を肩から切り落とした。


「いまだって、どんな思いで亡霊をやっつけたか」


 もう一度メイシャがホーリーフィールドを使う。


 重ねがけだ。

 ふつうはそんなものは発動しないのに、大司祭級のパワーで無理やり発動させた。

 悪魔の身体が、端から光の粒子に変わり始める。


「アンタは、やっちゃいけないことをやったんスよ」


 突如としてフルーレティの背後に現れたメグが、両手に持ったナイフを突き刺し、すぐに消える。


「それをした時点でぇ、きみの負けは確定したんだよぉ。ほい~ ネルネルぅ、とどめは譲るぅ」


 サリエリの掬い上げた剣が、もう一度悪魔の左腕を斬り飛ばした。

 そしてもう再生しない。


「ありがとう。みんな」


 俺は仲間たちに深い感謝を捧げ、焔断を青眼に構えて踏み込んだ。


「よくも俺の親友の死をもてあそびやがったな。この悪魔野郎」


 気合いとともに振り抜く。

 フルーレティの脳天から股下までを一気に切り裂いて。


「人間ごときがぁぁぁ!」


 断末魔の声をあげ、哀れな悪魔が消滅していく。


 しかしまだ、みんな構えを解かない。

 そう簡単に滅びるものではないと知っているからだ。

 油断なく周囲の気配を探る。


 どのくらいそうしていたのか、ふうと俺は安堵の息を吐いて剣を降ろした。


「やったぁ! 悪魔に勝ったよ! わたしたち!」

「デモンスレイヤーだねぃ」


 ぱぁんとアスカとサリエリがハイタッチを交わす。

 気がつけば、東の空が白み始めていた。

 夜明けである。

 だが、このときの俺は、夜はまだ始まったばかりなのだと気づいてすらいなかった。

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