第101話 親友
なんだかんだいって、クランハウスに戻ってきたのは一ヶ月ぶりだ。
「懐かしの我が家だなぁ」
マスル王国への援軍終了の挨拶を冒険者ギルドに済ませ、俺だけ東大陸のお土産がなんにもないことをジェニファに責められたりしてから、ゆったりと水車の回る我が家へと帰ってきたのである。
なんだろう。昔は帰ってくる喜びなんて、何一つなかったのにね。
やっぱりちゃんとした家は良いなぁ。
あと、きちんと管理してくれている人がいるというのも素晴らしい。
「おかえりなさい。みなさん」
いつの間にか作られた花壇の手入れをしていたアニータが、町からやってくる俺たちの姿を見つけて満面の笑みを浮かべた。
「ただいま! アニータ!」
さっそくアスカが抱きついていく。
あんた、ちゃんと手加減しなさいよ。
フルパワーで抱きしめたりしたら、アニータの華奢な身体なんか潰れちゃうんだからね。
「なんの心配をしているんですか。母さんは」
ミリアリアに呆れられました。
「みなさんが帰ってきてくれて心強いです。ここ最近、夜が怖くて」
荷物を解き、ふたたびリビングに集まった俺たちに飲み物を配りながら、アニータが言う。
なんでも、アンデッドモンスターが徘徊しているらしい。
クランハウスは、敷地も含めてメイシャが張った聖なる結界で覆われているため、不浄なアンデッドなどは入ってこれないが、それでもそんなもんがうろうろしていたら気持ち悪いのは事実だ。
「夜な夜なライオネルさんを呼ぶんですよね。だんだん声が大きくなってるみたいで、気持ち悪くて」
「俺かぁ」
えらくピンポイントな狙いだが、冒険者なんぞやっていれば他人様から恨みを買うことなんていくらでもある。
俺を恨んでるやつなんて、掃いて捨てるほどいるだろう。
「泣かせた女の亡霊じゃないスか? ネルダンさん」
きしし、と、からかうメグの頭を軽くチョップしておく。
人聞きの悪いことをいうんじゃないわよ。
泣かされたことはあっても泣かしたことはない。
たぶん。
「まあ、ピンポイントに俺狙いなら話は簡単で良いな。今夜にでも退治するさ」
そう言って手を振り自室へと向かう。
今のうちに寝て旅の疲れを取るためだ。
夜半、風が啼く音で目を覚ます。
いや、むしろそれに混じる俺を呼ぶ声か。
「がっつり寝てしまったな。それだけ疲れていたってことか」
がりがりと頭を掻きながらベッドから降りた。
軽く身体をほぐし、装備を身につける。
「よし。いくかね」
ご指名だ。
会ってあげようじゃないの。
がちゃりとドアを開ければ、廊下にはすでに戦闘準備を整えて五人が待っていた。
「べつに付き合ってくれなくても良かったのに」
苦笑が浮かぶ。
「そういってまた怪我したらどうすんの!」
なぜかアスカに怒られちゃった。
おかしい。
いつの間に俺は守られる側のポジションになったんだ?
「あのなぁ」
反論しかけても、一度は大怪我をしてみんなに迷惑を掛けた身だからね。あんまり大きな顔もできなかったりするんだ。
ぐっと詰まった俺の腰をぽんぽんとメイシャが叩いてくれる。
「アンデッド退治に、わたしが行かないのは嘘ですわ」
たしかにプリーストは必須だよね。
ぞろぞろと玄関へと向かう。
途中、アニータがお気を付けてと頭を下げてくれた。
「いくぞ。みんな」
そう言って、俺は玄関の扉を開ける。
「らぁいぃおぉねぇるぅぅぅぅぅぅぅ」
はっきりと俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
しかも、ものすごく聞き覚えのある声である。
「ルーク……」
思わず呟いてしまう。
正面、クランハウスに入ろうとして幾度も幾度も結界に弾き飛ばされ、哀れっぽい声を発しているのは、かつて俺が殺した無二の親友だった。
「…………」
軽く息を吐き、俺は焔断を抜き放った。
まっすぐにルークの亡霊を見つめ、一歩また一歩と近づいていく。
迷うなよ。情けないな。
お前、そんなやつじゃないだろ。
近づいてくる俺を認識したのか、ルークの亡霊がこちらを見た。
「ライオネル! ライオネル! ライオネル!」
亡霊が喜色を浮かべる。
「頼む! 俺を祓ってくれ!」
「は?」
間抜けっぽいを声を出してしまった。
自分を祓ってくれと頼む幽霊は、ちょっと新機軸すぎる。
「急げ! でないとまた悪事を働かされてしまうっ!」
「意味が判らん。が、その願いは聞き入れる」
ぐっと腰だめに構えた焔断。
瞬発力を最大にして、駆け抜けざまに、
「疾っ!」
一閃。
亡霊を真っ二つに切り裂いた。
「すまねぇ……何度も手間をかけさせて……」
「まったくだぜ。ホントにお前は、困ったらいつでも俺に頼りやがる」
「さんきゅな……親友……」
「良いってことよ。親友」
消えてゆくルークと、ほんの一瞬だけ会話を交わした。
娘たちが駆け寄ってくる。
心配そうな顔で。
「大丈夫だ」
一人ひとり頭を撫でながら彼女たちに笑ってみせた。
安心させるためというより、まだなにも終わっていないから。
いつの間にか草原に立ち、わざとらしい拍手をする男を睨み付ける。
「いやあ。感動的な友情物語でしたねぇ。親友を二度手に掛けた気分は如何ですか? ライオネルくん」
紳士然とした装いだが、人を小馬鹿にしたような目つきと薄ら笑いがすべてを台無しにしている。
「最高だよ。今すぐアンタを斬り殺したくて仕方ないくらいに良い気分だ。
焔断の切っ先を、ぐっと男に向けた。
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