第93話 闘神昇華の儀(2)


 参加選手は十六名だった。いきなりの告知でよくそれだけ集まったもんだと思うよ。

 マリシテに暮らしている人ならともかく、周辺の衛星都市なんて報せが届いたかどうかも怪しいところじゃん。


 にもかかわらず、すごく広い神殿の演舞場には、たくさんの観客が詰めかけていた。

 この人たちのことは、参拝者と呼ぶらしい。

 選手は参賀者ね。


 あくまでも宗教行事であって、見世物ではないから。

 誰が勝つのかなんて賭博は、少なくとも公式的にはおこなわれていないよ。


 なので、応援にきてくれたミリアリアが隠し持っていた賭け札なんて俺はみていないし、そこに俺の名前が書いていたことも知らない。

 アスカに張った方が、絶対儲かるぞなんて言えないしね。

 応援購入だろうから。


 で、トーナメントのやぐらを見ると、俺とアスカが当たるとしたら決勝戦だね。

 その前に二回戦でサリエリと当たることになるけど。


 なんだよう。

 俺のいるブロックは強敵ばっかりじゃないか。

 サリエリに勝ったとしても、準決勝でラウラに当たってしまう。


 もっとも、この日のために鍛えてきた人たちばっかりって話だし、誰と戦っても楽勝ってことはなさそうだけどね。


 それでも俺だってひとかどの剣士だ。

 決勝でアスカに当たって、師匠の貫禄ってやつを見せつけてやらないとな。





「一回戦負け! びっくりですよ母さん! あなた本当に主人公ですか!」


 控え室で怒られています。

 ミリアリアに。

 謎の怒られ方をしています。

 主人公ってなんですか?


「いやあ、世の中にあんな戦い方があるとは思わなかった」


 なんとも言えない表情で、俺は頭を掻いた。

 本当に、なんにもやらせてもらえなかったなぁ。


 相手は素手だったんだ。しかも身長は俺の顎くらいまでしかない小兵だった。

 もちろんそれで舐めていたってわけじゃないんだけどね。


 どういう技を使うかわからないから、牽制のつもりで普通に斬りかかった。

 あ、使ってるのは木剣ね。

 普段の得物ではない。何の言い訳にもならないけど。


 一瞬、視界から相手が消えた。

 気づいたら懐に入り込まれていたんだ。

 そしてなぜか胸に拳が押し当てられていた。


 聞こえたのは、コホーっていう謎の発音。次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていたんだよね。


 自分でもなにが起きたのかさっぱりだったよ。

 どうと演武台から転がり落ちて場外負け。それ以上に、もう立てなかった。

 一撃で肋骨を折られてしまっていた。


「とんでもない達人だったよ」


 アスラ神殿の神官に治療してもらい、控え室で休んでいたらミリアリアが慰めにきてくれた。

 むしろ叱りにきたっぽい。


「達人て、二回戦でサリエリに手も足も出ないで負けてましたけど? あの人」

「うそん。むちゃくちゃ強かったじゃん」

「初見殺しの暗殺拳なんか、種の判ってる手妻てじなみたいなもんだってせせら笑ってましたよ。サリエリ」


 そうか。

 暗殺拳だったのか。

 知らないと絶対に防げないというやつなら、俺が負けるのも仕方ない。

 悔しいけどな。


「せめて、サリエリとアスカを応援に行こう」


 よっと立ち上がれば、ミリアリアが身体を寄せて支えてくれた。

 気の利く娘である。


 そして参拝者の席に到着すると、ちょうど準決勝の第二試合が決着したところだった。

 サリエリの敗北というかたちで。


 木刀を折られて無手となってしまったサリエリが降参リザインしたのである。

 惜しかった。


 普段使ってる炎剣エフリートだったら、折られることなんか絶対になかっただろうに。

 しかもサリエリには魔法があるんだから、ラウラになんか絶対に負けなかったのに。


「なんだか自分が負けたときより悔しそうですよ。母さん」

「うん。すごく悔しい。サリエリは実力の半分も出さないで負けたからな」

「それはネル母さんだって同じでしょうに」


 ミリアリアが苦笑を浮かべた。

 まあ、俺もなにもできないでワンキルされたわけだけどね。


 自分のことはいいのよ。

 勝負は時の運なんだから。

 でも、娘が負けるのはくやしいのよ。きぃー。


 やがて、控え室からサリエリも俺たちの近くにやってきた。


「負けちゃったねぇ」


 などと、のへーっと笑いながら。

 ショックはまったくないようだ。


「残念だったな。サリエリ」

「いいんだよぅ。うちはネルネルの仇が取れただけで満足だから~」


 なんと、二回戦では仇討ちしてくれたらしい。

 ありがたいんだか、リーダーとして情けないんだか。


「暗殺拳の使い手だったんだろう?」

「そう~ 素手相手なら絶対に負けないとか豪語してる技~ ランズフェローの武術だねぇ」


 素手どころか、木剣を持ってたのに負けちゃったよ。

 俺、弱すぎじゃね?


「単に珍しい技のオンパレードなんで、初見が相手だと有利ってだけのしょーもない技だよぉ」


 なでなでと、サリエリが頭を撫でてくれた。

 どういう技かさえ判っていれば、剣を持ってたらリーチの差で絶対に負けない。

 槍や魔法を使っても同じだ。


「だから、うちが証明してあげたのぉ」

「すごかったですよね。サリエリ」


 試合を見ていたミリアリアがいうには、その素手格闘家に対してサリエリはすべての技を出させてやったらしい。

 で、全部防いでみせた。

 冷笑を浮かべながら。

「知らない人にしか通用しない手妻はもう終わり?」って。


「最後は泣きながら戦ってましたよね。あの人」

「あんなしょーもない手でネルネルを負かしたんだからぁ、当然の報いなのぉ」


 ミリアリアとサリエリが笑い合ってる。

 怖いわ。

 怖すぎるわ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る