第92話 闘神昇華の儀(1)


「え? ちゃうちゃう! みんなで戦ったんだよ! とどめを刺したのはライノスさんだし!」


 あわててアスカが手を振った。

 ぶんぶんと。


 この子は自分の武勇を誇るのに、過大な言葉を連ねる必要が一切ない。戦歴そのものがサーガみたいなやつだからね。

 そしてそれ以上に、嘘をつけるほど器用な娘でもないんですわ。


「はい。ですが残滓がありますから」


 にっこりと笑って、筆頭神官が説明してくれた。


 アスラ神族が死ぬときに残す目印のようなものなのだと。こいつと戦えて良かった、と。

 それは見る人が見ればはっきりと判る。


 すごく俗な言い方をすれば、アスカはアスラ神族に目を付けられてしまったのだ。

 これは時間が経てば、もっとこいつと戦いたいという呪いへとかわり、様々な災厄を引き寄せることになる。


「あ、だから奉納に行こうって言ったのか? サリエリ」

「そだよ~」

「説明しろよな……」

「訊かれなかったから~」


 のへーっと言うサリエリだった。

 説明しなくても仲間のことを大切に思っているからこその提案で、俺としては表情の選択に困ったまま彼女の頭を撫でる。

 長い耳が、気持ちよさそうにのへのへ動いた。


「アスラ神の妄念を浄化する、闘神昇華の儀を執り行います。皆さんも参賀くださいますよう」


 筆頭神官のお言葉だ。

 参加だか参賀だか知らないが、それをしないと呪いが解けないというなら選択の余地はないだろう。


「ええ、もちろん」


 とくに深く考えることなく俺は頷く。


 ぽんとラウラが手を打った。

 にっこーっと笑いながら。

 なにその我が意を得たりって顔。ものすごく悪い予感がするんですけど。


「やれ目出度い! 二百年ぶりの闘神演武会が私の代で開かれるとは!」


 大喜びしている。

 なんだろう?

 俺、選択肢を間違えたか?





 そもそも、闘神昇華の儀というのは、武術大会のことだった。

 死んだアスラ神族の魂を天に返すには、やっぱり武術が一番というわけのわからない理由である。


 マリシテとその周辺都市から腕自慢が集まり武勇を競う一大イベント。それが闘神演武会だ。


 いつ開催されるかは誰にもわからない。

 なにしろ地上にいるアスラ神族が死んだときにしか開かれないから。

 しかも戦いの末に死んだときだけ。


 魂を迎えに来たアスラ神たちに自らの武を見せ、もって闘神の称号を得るための大会でもあるらしい。


「わたくしはパスですわ。少しは武術の心得もありますが、他の宗教の行事に参加するわけにはいきませんもの」


 メイシャが一抜けである。

 正当な理由であり、誰からの異論も出なかった。実際、至高神教会のプリーストである彼女が、アスラ神教の行事に顔を出すのはまずいしね。


 でも俺は知ってる。

 そんなのに出るより食べ歩きがしたいってメイシャが思ってることを。


「私も不参加で。魔法使いですから」

「オレも接近戦は苦手なんで。すまんス」


 ミリアリアとメグも脱落だ。

 これもまた仕方がないことである。メイジやスカウトが武術大会に出ても仕方ないしね。

 まあ、軍師だって同じだけど。


「あー、俺も……」


 不参加でお願いしますと言おうとしたとき、悲しそうなラウラと目が合ってしまった。

 とてもとても寂しそうな瞳だった。


「……参加します……」


 ため息とともに参加を表明しましたとも。


「ネルネルがでるならぁ、うちも出るよぉ」

「わたしもわたしも!」


 サリエリとアスカが手を挙げるけど、あんたたちは俺が出なくたって出るでしょうよ。

 前衛職にとっては最高の見せ場なんだから。

 結局、『希望』からは三人が参加することになった。


「闘神昇華の儀は、三日後に執り行います」

「えらく早いですね。準備期間がほとんどないのでは?」


 ラウラの言葉に首をかしげる。

 参加する人にも、観覧する人にも優しくないスケジュールだ。


「見世物ではありませんからね。べつに観客など必要ありませんし、いつおこなわれるかわからない闘神昇華に備えるのが、修行というものですから」


 そういって右手を顔の前にかざす筆頭神官である。

 この人もやる気満々だ。


「ラウラさんって、かなり強いよね!」

「さて、どうでしょうか。日々の研鑽は怠っておりませんが」

「けんそーん!」

「アスカどのこそ、かなりの腕とお見受けしました」


 そしてアスカも戦闘衝動に青い目を爛々と輝かせている。

 バトルマニアの血が騒ぐってところだろうか。

 盛り上がってるなぁ。


「大会って、魔法を使っていいのぉ?」


 サリエリの方は、さっそくルールの確認だ。

 けど、魔法はダメでしょ。どう考えても。


「暗器はぁ?」

「どうして暗殺用の武器を使おうとするのか……」


 普通に戦ってもサリエリって俺より強いと思うんだよな。

 にもかかわらず、まず正攻法で戦おうとしないのさ。こいつ。


「普通に戦ってぇ、うちが勝ったらぁ、みんな言い訳できないからねぇ」

「言い訳? なんの?」

「まともに戦ったら俺の方が強いんだ、って~」


 いやいや。

 それはさすがに往生際が悪すぎるだろう。


「俺はそんなこと絶対に言わないぞ。一度本気で手合わせしてみよう。サリエリ」

「そんなこといっていいのぉ?」


 にまぁ、と、ダークエルフが笑った。

 褐色の肌にその笑いは、たいへん邪悪そうに見える。


「じゃあ、ネルネルと当たるまでは負けられないね~」

「ほほう? ずいぶんと自信ありげじゃないか。俺だってそう弱くはないんだぞ」


 二人の視線が絡み合い、ばちばちと火花を散らす。

 なんだか期せずして俺もサリエリも盛り上がってきた。


 じつは俺もバトルマニアだった?


  

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