第7章

第91話 アスラ神殿


 インダーラの王都マリシテへの到着は、予定より三日遅れた。

 途中までは順調だったんだけど、なんと海竜シーサーペントと遭遇してしまったのである。


 平和な航海を楽しんでいたってのにな。

 きっと誰かが余計なことを言ったんだよ。


 ともあれ、なんとか撃退はしたものの、船もダメージをうけたため補修等をする必要があり、予定にない街に寄港をしたのだ。

 まあ、人的な損害が出なかったのは不幸中の幸いだよね。


「あと! カジノの借金を棒引きしてもらえた!」


 アスカが喜んでいる。


 シーサーペントとの戦いで大活躍した『希望』に対し、船長さんが感謝の印として船内で使ったお金はすべて返還すると言ってくれたのだ。

 もちろん乗船費用もね。

 破格の報酬だといって良い。


「乗客乗員あわせて三百八十七名の命を救っていただいたのです。この程度は受けていただかないとこちらが困ります」


 とのことだった。


 シーサーペントに襲われたってのは、普通だったら沈没と同義なんだってさ。

 たしかに船よりでかかったもんな。あのモンスター。


 けど、艦砲射撃みたいにミリアリアが間断なく撃ち出すアイシクルランスと、高速飛行魔法で接近したサリエリとアスカの斬撃の前に、あえなく敗退してしまった。

 こちらの損害は、ウォーターブレスの余波で船体がちょっと傷ついた程度だね。


 メイシャは飛び回っているアスカとサリエリを回復するのに忙しかったけど、俺とメグなんかぼーっと見ていただけですよ。

 やれることなんにもなかったんで。


 それでも『希望』全体の功績になるのだ。それがクラン。一人の功績は全員の名誉だし、一人の悪行は全員の恥。


 乗客や乗員からの感謝に見送られ、俺たちはついにインダーラ王国に一歩目を刻んだ。






「黒髪の人がおおいねー!」


 アスカが感心する。

 民族的なモノなのか、マリシテの街ですれ違う人は黒い髪と黒い瞳を持っている人が多かった。

 比べたら俺たちなんてカラフルだよね。


 アスカが赤毛、ミリアリアは茶髪、メイシャは金髪、メグは栗毛、サリエリは銀髪だもの。

 目立つこと目立つこと。


大陸公用語パブリックが通じるみたいで助かったけどな」

「東大陸でも指折りの大国だからねぃ。こことセルリカ皇国くらいは公用語が通じるよぉ。ランズフェローとかいったら完全に異国語だけどねぃ」


 のへーっとサリエリが説明してくれた。

 せっかく東大陸まできたんだから、俺の愛刀である焔断の故郷にも行ってみたかったけどな。

 言葉が通じないなら仕方がない。


「まずはベースになる宿をきめないとな。値段は張っても良いから、せめて朝食くらいは付いてる良い宿に泊まろうぜ」

「さんせー! 温泉あればなお可!」


 元気なアスカだ。

 残念ながら、温泉の匂いはまったくしないから、マリシテに温泉宿はないだろう。


「温泉天国なのはランズフェローだよぉ」

「いうなサリエリ。行きたくなってくる」

「うちと混浴したいっしょぉ~?」

「いや、それはべつに? ひとりでゆっくり入りたい」

「いけずぅ」


 きゃいきゃいと騒ぎながら、そこそこの格式グレードの宿屋に腰を落ち着けた。

 六人で泊まれる大部屋を借りる格好で。


 男女相部屋なのは宿泊費をケチったからではなく、なにかトラブルが発生したとき、合流というプロセスを省くためだ。


 着替えたりなんだりってときは、俺が外に出ていれば問題ないしね。

 そもそもクラン小屋に暮らしていたころなんて、娘たちは平然と俺の前で脱いでたんだ。

 今だってちょっと気を抜いたら普通に目の前で着替えようとするんだぜ。


 困ったものだ。

 もうちょっと恥じらいを持とうね。


 荷物を解き、さっそくアスラ神の神殿へと向かうことにした。

 一番面倒くさい用事だからこそ最初に片付けてしまおうって魂胆である。


 これさえこなしてしまえば、あとはマリシテ観光をするだけだしね。

 メイシャと一緒に食べ歩きをしても良いし、ミリアリアやサリエリとマジックアイテムを探しても良い、アスカやメグたちと歓楽街を冷やかしても面白いかもしれない。

 異境の地だからこその楽しみだってあるだろう。


 石畳の道を進み、異国情緒がたっぷりの神殿へと入る。

 そして神官っぽい人をつかまえて、来訪の理由を説明した。


 ゆえあってアスラ神族と戦い、これに勝利したため、遺品である剣を奉納にきた、とね。


 信仰対象の眷属を倒しちゃったらやばいんじゃないのかな、とも思ったのだが、サリエリによるとそんなことはらいらしい。

 というのも、アスラ神ってのは闘神だから。

 戦って勝つことに至上の価値を見出してるんだってさ。


 人生もまた同じであり、戦うこと、挑むことこそがアスラ神教の教義なんだそうだ。


 説明を受け、一瞬だけぽかんと口を開けた神官だったが、腰を低くして俺たちを奥へと誘う。


 なんだなんだ?

 ぽいっと剣を渡しておしまいじゃないのか?


 奥の間に通され、豪奢な椅子に座らされて待つことしばし。

 ひときわ立派な法衣をまとった人物が現れた。


「当院の筆頭神官をつとめさせてもらっております、ラウラと申します」


 右手を顔の前に立て、丁寧に一礼する。

 ゆったりとした仕種だが隙がない。

 こいつ、かなり強いぞ。


「冒険者クラン『希望』のライオネルと言います。彼女たちはクランメンバーです」


 俺が娘たちを紹介すると、アスカのところで初老の筆頭神官はより一層に笑い皺を深くした。


「貴女が、アスラ神に認められた方ですね」


 と。


 

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