閑話 東へ
ガイリアシティから新ミルト市まで乗合馬車で五日。
そこから徒歩で一日かけてピラン城に移動し、
「なんだかリーサンサンが近くなったよな」
とは、数日の旅を終えたライオネルの言葉だ。
初めてピラン城を訪れたときには十二日間の時間が必要だった。そこからリーサンサンまでさらに七日を要したのである。
「フロートトレインとやらが走ったら、もっと速くなるんですよね」
少しだけ遠い目をするミリアリアである。
世界がどんどん狭くなるのは、さて良いことなのか悪いことなのか。
賢い彼女はそんなことを考えてしまうのだ。
「それより船だよ! 船! わたしぜったい魔導汽船のファンになっちゃった!」
アスカが騒いでいる。
空飛ぶ船の
「どっちにしてもトイレは垂れ流しでしたわ。流行っているのかもしれませんわね」
そしてメイシャは、また独特な場所に興味を持っていた。
べつに流行っているわけではないだろう。
空を飛ぼうと海を走ろうと、少しでもデッドウェイトを減らしたいだけだろうから。
彼らがガイリアからリーサンサンにやってきたのは、インダーラ王国行きの船に乗るためである。
少し前に戦ったアスラ神族が使っていた武器を神殿に奉納するのが目的だ。
べつに詩的な理由があるわけではなく、ただ単に祟られたくないから。
サリエリの言葉によると、東方の神族や神格はとにかく祟るらしい。
だから信仰も、どうか祟らないでくださいっていうものが多いのだという。
「ところ変われば宗教も変わるもんだよな」
妙なところに感心するライオネルだった。
ちなみに魔族たちの間でも広く信仰されているのは至高神だ。
人間たちと同じ信仰対象なのは、かつてはより憎悪が膨れ上がったらしい。
今は違う。融和と友情の証のような解釈となっている。
「それとて、両国が仲良くしていればこそですが」
港に併設されたターミナルのロビーで『希望』の面々がくつろいでいると、なんとミレーヌがやってきた。
公的には魔王イングラルの秘書官で、私的には愛妾である。
そして裏の顔は、マスル王国の特殊部隊である
「そしてうちの従姉なのぉ」
「その肩書きが最もどうでも良いですね。ドブに捨ててしまっても良いくらいです」
「びどすぅ」
ぽいっと捨てられてしまったサリエリが、のへーっと苦情を言う。
もちろん一顧だにされなかった。
「お久しぶりです。ミレーヌさん」
チームを代表してライオネルが頭を下げる。
「息災そうでなによりです。軍師おか……ライオネル」
「いま、お母さんって言いそうになりませんでした?」
「邪推です。気のせいです」
ごほんとミレーヌが咳払いした。
それから気を取り直したように居住まいを正す。
「魔王イングラル陛下より言伝を賜っております。見送りにもこれず申し訳ないと」
「たまたま立ち寄っただけの冒険者に、いちいち会いに来る魔王様というのも、ちょっとどうかと思いますけどね」
苦笑するライオネルだ。
ミレーヌも相好を崩す。
「会いたいんですよ、あの人は。あなたに」
「それは恐縮です」
「妬けてしまいます」
そういって笑った後、美貌の秘書官が書簡をライオネルに手渡した。
玉璽が捺してある正式な書類である。
「マスル王国籍の船舶ならば、すべて乗船することができます。活用なさってください」
「これほどのご厚意、イングラル陛下によろしくお伝えください」
差し出されたミレーヌの右手を、がっちりとライオネルは握り返した。
しばしの談笑の後、インダーラ王国行き魔導汽船の乗船時刻が近づいてくる。
「良い旅を」
一礼して去ってゆくミレーヌ。
去り際、サリエリの横を通過するとき、耳もとに口を寄せて「あんまりみんなに迷惑かけるんじゃないわよ」と釘を刺すのも忘れなかった。
こうして、リーサンサンでの滞在はごく短時間のうちに終わり、ライオネルたちはふたたび船上の人となった。
インダーラ王国の王都マリシテまでは、七日ほどの船旅だ。
当初ははしゃいでいたアスカだったが、二日もすると海しかない景色にすっかり飽きてしまい、船内のカジノなどでひたすら散財を続けている。
熱くなりやすく直情的な彼女の性格は、間違いなくギャンブルに向いていないのだ。
本来であれば保護者であるライオネルが止めるべきなのだが、一度大負けして地獄を見るのも経験のうちと放置中である。
ただ、カジノのディーラーには「子供のやることなので」と噛んで含めてはいるが。
さすがはマスル王国が保有する豪華客船というべきで、ディーラーは心得ており、子供が負けすぎて泣き出さない程度の手心は加えてくれる。
「本当に良いんですか? 母さん。インダーラに着いてからお小遣いがないって泣き喚くこと請け合いですよ」
デッキチェアーに寝そべってトロピカルカクテルなどを楽しみながら、ミリアリアがライオネルの注意を喚起する。
「そのときは俺の財布から出してやるさ。仕方がないから」
「ネル母さんって、アスカに甘いんですから」
ぷうと頬を膨らます魔法使いであった。
「バカな子ほど可愛いっていうだろ」
「じゃあ私もグレます。非行に走りますね」
「それはやめて。かしこいミリアリアがグレたらしゃれにならない」
手を合わせて拝むものだから、少女は機嫌を良くするのだ。
母さんは私がいないとダメなんだから、と。
平和な旅である。
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