第94話 闘神昇華の儀(3)
決勝戦は、アスカ対ラウラである。
二人ともまったく危なげなく勝ち上がってきた。
なんというか、大本命同士の戦いといえるだろう。
アスカはロングソードほどの長さの木剣を右手に構え、左手には
対するラウラは右手を拝むように顔の前にかざし、左手に持った一ひろ(約百五十センチ)ほどの長さの棒を半ば身体の後ろに隠している。
「あの、後ろにあるのがクセモノなのぉ。どっから攻撃がくるか読みにくいんだよぉ」
とは、実際にラウラと戦ったサリエリの感想だ。
じりじりと間合いをはかるふたり。
参拝者は固唾を呑んで見守る。
ふ、と、誰かが緊張に耐えかねたように息を吐いた。それはあるいは俺だったのかもしれない。
瞬間、二人が動く。
一気に詰まる間合い。
突き出されたラウラの棒がアスカのバックラーを弾き飛ばす。いや、アスカが自分で手を離したのだ。
カイトシールドなどと違いバックラーは腕に固定せずに扱う。攻撃を受けるのではなく流すために。
それがまともに受け、しかも大きく飛ばされたのだからラウラは戸惑った。
砂時計からこぼれ落ちる砂粒が数えられるような、そんな極小の時間である。
しかしその間にもアスカの剣は迫っていた。
まるで地を這うような、下からの掬い上げ。
突き込みで体勢の崩れたラウラには回避しようがない。
ないはずであった。
だが彼は、ためらいなく棒から手を離し、アスカの木剣に手を付く。
上から押さえ込むように。
違う。
彼女の剣勢を利用して上に逃れたのだ。
「跳べば死角だよ!」
落下点に走り込むアスカ。
「果たして、そうですかな?」
捨てたはずの棒が、なんとラウラの手に現れていた。
なんと彼はただ棒から手を離したのではなく、つま先の上に落ちるように計算していたのである。
だから、跳んだ彼の後を追うように棒も飛んできてくれたというわけだ。
上空から矢継ぎ早に繰り出される突きを、アスカの剣がはじく。
落下してきたところを叩くどころではなく、防戦一方だ。
いつの間にかラウラの足は地上に降りたっていた。
アスカとしてはチャンスを活かせなかった格好である。
彼女は顔色一つ変えない。
俺が教えたことを忠実に守っているのだ。
剣士は痛がってはいけない、悔しがってはいけない、という。
失敗した、なんてのが顔に出たら、一気に劣勢に追い込まれるものだから。精神的にね。
だからどんなに痛くても、こんなのまったく効いてないぜって顔をする。
どんなにまずいかなって思っても、計算通りって顔をする。
「若いに似ず、たいした精神力ですな」
「ラウラさんはほっとしちゃったよね。地面に足をつけて」
「そこを突ける人間がいるとは驚きです」
たーんと二人が大きく跳び離れる。
いつもらったのか、ラウラの右手には血が滴っていた。
速すぎて二人の攻防が目で追えないが、ようするにこういうことだろう。
不利な空中戦をラウラはしのぎきった。アスカは攻めきれなかったわけだが、地上に足を付けた瞬間、ごくわずかにラウラは安堵してしまったのだ。
なんとかしのいだ、と。
それこそが隙である。
アスカの剣が右腕にヒットしたのか、かすめたのかまでは判らないが、とにかくラウラにダメージを与えることに成功した。
ふー、と、息を整え、ラウラがふたたび右手を顔の前に構える。
大きく肩で息をしながら、アスカは木剣を両手持ちした。
同時に踏み込む。
ラウラの右手がシュッと振られた。
血が飛び散る。
上手い。
自分の血を目くらましに使ったのだ。
アスカとしては、目を閉じるか後ろに下がるかしかない。
そして前者は論外である。
小さな舌打ちとともに踏み込みを中止して後ろに跳ぶ。
しかしそれは防御のためではない。着地の瞬間に前に飛び出すためだ。
少女の両足にインパクトの瞬間に備えて力が籠もる。
もちろんラウラとしては、アスカが空中にいる間に勝負をつけるつもりだろう。
さらに速度を上げてアスカに迫る。
高速で突き出される棒。
絶対に避けようがない攻撃だ。
勝負あった、かに見えたとき、アスカの身体は大きくのけぞっていた。地面と平行になるほどに。
鼻先をかすめるように棒が通過していく。
そしてそのまま、後方宙返りしながらの蹴り足が跳ね上がった。
踏み込んできたラウラの顎に、したたかにダメージを与えて。
「まさか……こんな技が……」
ふらふらとよろめいたラウラが膝を突いてしまう。
おそらく、ものすごい速度で頭が縦に揺さぶられたのだ。
「どっさに出ちゃった! メグの技!」
ブーツの先に刃を仕込んでいる彼女がたまに見せる
これもまた、いきなり出されたらそうそう避けられるものではないだろう。
まして攻撃のカウンターで出されたなら、なおさらだ。
「なるほど……やはり世界は広いですな」
どっかりとラウラが尻をついて座り込む。
この瞬間、アスカの優勝が確定した。
参拝者たちが手を叩き、足を踏みならし、赤毛の少女の偉業を称える。
『闘神! 闘神! 闘神アスカ!!』
と。
そして調子に乗りやすい娘は、手を振って歓声に応えるのだ。
「ん~ くっついていたアスラ神族の妄念も消えたみたいだねぇ」
のへーっとサリエリが笑う。
「英雄アスカが、闘神アスカになってしまったな」
ほっと一安心しつつ、俺は感想を漏らした。
「どうでしょう。東大陸の片田舎でもらった称号なんて、ガイリアにいったらそんなの聞いたこともないって言われておしまいな気がしますが」
こてんと小首をかしげるミリアリアだった。
そんな身も蓋もない。
もうちょっと仲間の偉業を称えてあげようよ。
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