第88話 VSアスラ(前編)


 五十階層には大広間があった。

 これは予想されていたことである。十階層、二十階層、三十階層、四十階層と、節目の階層ごとに大広間があり、守護者とでも呼べば良いのか強力なモンスターが陣取っていたから。


 扉に近づいて気配を探ったメグが、やや慌てたように戻ってくる。


「かなりヤバめな気配がするス。オレ的には引き返したいス」


 かなりびびっているようだ。


「それほどか」


 俺はメグの頭を撫で、落ち着かせてやりながら、ミリアリアに目配せした。

 魔力を探って欲しいという無言の依頼を察した魔法使いが、ゆっくりと扉に近づいていく。

 そして十歩ほどの距離を残して足を止めた。


「……ネル母さん。こないだ戦ったドラゴンゴーレムを憶えていますか?」

「ああ、もちろんだ」

「あれを一として比較したら、五十くらいの魔力を感じます」

「そいつは豪気だな」


 頷き、俺はライノスに視線を送る。

 このチームは『希望』だけで形成されているわけではないから、『固ゆで野郎』の意見も聞かないといけないのだ。

 そのライノスがにっと笑う。


「いつものことさ。進もうぜ」


 強大なモンスターに幾度も勝利し、彼らはここまでやってきたのだ。

 いまさらびびったりしない。

 固ゆで野郎というより冒険野郎である。


「わかった」


 俺は頷いてみせた。

 そもそも五十階層の攻略というのが今回の依頼だ。敵が強そうだからと逃げ帰っていたのでは、いつまで経っても仕事は終わらない。





 わすがにきしんだ音を立て、両開きの扉が開いていく。

 それはまるで、謁見の間のに入るような緊張感をもって。


 いきなりの攻撃はない。

 まずは『固ゆで野郎』の重戦士たちが大広間に侵入する。大盾を構え、その身をもって味方への攻撃を防ぐ強者どもだ。


 その次に軽戦士たち。ここにアスカやサリエリが含まれている。

 続いて俺とライノスが入り、最後は魔法戦力だ。

 ミリアリアとメイシャの他にも、メイジがプリーストが四人ずつ。


 これだけでもすごい戦力だけどね。


 扉の開放を担当したメグともう一人のスカウトは、すでに隠形してしまっている。


「二十六……隠れているのを含めて二十八名か。予が招いたわけではないが、きた以上はゆっくりしてゆくが良い」


 唐突に声が響き、大広間が明るくなった。

 昼間のようにとまではいかないが、闇になれた目には少々まぶしい。


 最初に俺が抱いた謁見の間という印象は正しかった。

 広間の奥にはきざはしがあり、そのうえに豪奢な椅子が鎮座していたから。


 しかし、座していたのは人間ではない。

 異形だ。

 三面六臂で、身長なら俺の倍近く、ボリュームなら軽く三倍はあるだろう。


 こんな人間がいるわけがない。

 ゆったりと六本の腕を組み、こちらを睥睨している。

 ものすごいプレッシャーだ。


「アスラ神族だねぃ。なんでこんなところにいるんだろうね~」


 俺の耳元に口を寄せたサリエリが、のへーっと簡単に説明してくれる。

 東の方、インダーラの国で崇拝されている神の眷属だそうだ。

 しかも闘神らしい。


「歓迎するぞ。人の仔らよ」


 すっと玉座から立ち上がる。

 同時だった。


「散開!」


 ライノスが叫んだのは。


 しかし間に合わない。

 一人二人三人と、ほとんど一瞬のうちに切り捨てられてしまう。


 そして四人目の剣が、かろうじてアスラの持つ禍々しい剣を止めた。


「速い! けど受けられないほどじゃない!」


 アスカである。


「やるな。小娘」


 矢継ぎ早に繰り出されるアスラの斬撃。

 受け、かわしながら、隙を見て反撃するアスカ。

 どちらの身体にも細かい傷が刻まれていく。


 しかしアスカには普段ほどのキレがない。盾役の戦士たちに気を遣っているためだ。

 ようするに『固ゆで野郎』の戦闘方針では、まだ軽戦士の出番ではないのである。

 勝手に戦闘を進めてしまっていいのか、彼女には判断ができないのだ。


「ライノス! 指揮権をよこせ!」

「判った! 全員! ライオネルの指示に従って動け!」

『応とも!』


 一瞬で意図を察したライノスが声を張り上げると、すぐに固ゆで野郎たちが反応した。

 さすがの統制である。


「重戦士は負傷者を中に入れて守りを固めろ。プリーストは回復。魔法使いたちは、敵に弱体化魔法を試みろ。以後、プリーストたちがいる場所を本陣と呼称する」


 腰の焔断を抜き、俺は次々と指示を出した。


「軽戦士たちはアスカの援護だ。敵の後背に回り込め」


 あっという間にアスラが包囲される。

 そして、ちくちくと嫌がらせの攻撃が始まった。


 もちろんアスラの意識をアスカに集中させないためである。

 いらついた神が、さきに軽戦士隊を潰そうと一歩踏み出す。


 そして絶叫を上げた。

 神が進む先に、なんとなんとカルトロップまきびしがまかれていたのだ。スカウトたちの仕業である。


「貴様ら!」

「よし。全員、一度距離を取れ。同時に魔法使いたちは攻撃魔法を斉射! 三連!!」


 動きを止めたアスラに、攻撃魔法が集中した。

 神の眷属というだけあって、この程度でとどめはさせないだろう。

 しかし、前衛を回復させる時間は稼げたはずだ。

 メイシャの遠距離回復がアスカの身体を包む。


「爆炎は晴れるまで十秒です。ネル母さん」

「軽戦士隊。再突撃用意。三、二、一、いま!」

『うぉぉぉぉぉっ!』


 喊声をあげ、軽戦士たちが突き進んだ。

 プリーストたちのロングヒールと、メイジたちの攻撃魔法、支援魔法も加速していく。


「人間どもめぇぇっ!」


 アスラが憤怒の表情を浮かべた。

 あんたさっき歓迎するとかいってたじゃん。

 劣勢になったら怒り出すって、すごく面倒くさい人みたいだぞ。


 

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