第89話 VSアスラ(後編)


 アスラ神族とやらはたしかに強い。

 神の眷属だけあって、とても一対一では勝負にならないだろう。


 だがしかし、こちらは名実ともにガイリアのトップクラン『固ゆで野郎』と俺たち『希望』の混成部隊である。

 練度で考えたら、これ以上の戦力はガイリアの冒険者ギルドにはない。

 その彼らが俺の手足となって動いてくれているのだ。


 とれない作戦など存在しないといっても、さほど言い過ぎじゃないだろう。

 じわりじわりとアスラを追いつめていく。

 もちろん無傷ではないが。


「リック継戦不能! 本陣に戻らせてもらうぜ!」

「了解だ。穴はドリトルが埋めろ」

「ラジャ!」


 こんな感じで、ちゃんと自分の限界を把握しながら戦ってくれるのだ。

 俺がダメージコントロールする必要がなく、誰をどこに配置するか、そのタイミングだけはかれば全体がちゃんと機能する。

 ラクなんてレベルじゃないよ。


 ただ、このままだと味方の損耗も無視できなくなってくるよな。四人いるプリーストのうち、今さがった一人で、前戦に回復魔法を飛ばせるのは一人だけになってしまった。

 あとは本陣での治療に専念である。


 追いつめつつも追いつめられているというのが今の状況だ。

 敵も味方も、ここが正念場だと踏ん張っている。


「なら、俺が前に出るしかないな!」


 ミリアリアに作戦を耳打ちし、俺は前戦へと飛び出した。


「アスカ! サリエリ! 同時に仕掛けるぞ!」

「うん!」

「りょ~」


 アスラは三面六臂。死角がない。

 しかし、奴の持つ剣を三人のうち、誰か一人でもかいくぐってダメージを与えることができれば。


 焔断も、オラシオンも、エフリートも、かなりの力を持っているマジックソードだから。

 一気に勝敗を決めることができるかもしれない。


「ぬるいわ! 人間ども!」


 同時に斬り込まれた三つの剣を、なんとアスラは同時に受けた。

 素人のなまくら剣ではないのである。俺はたしかに一段落ちるものの、三人とも練達の剣士なのに。

 信じられない技倆だ。


「ぬるいのは、どっちかな」

「八つ裂きリング!」


 俺がにやりと笑ったときには、ミリアリアの新魔法がアスラの目前まで迫っていた。


 三人同時攻撃は、もちろんダメージを与えられれば良いという思いもあったが、それ以上に大きな意味が二つある。


 アスラの動きを止めることと、ガードを下げさせること。


 遮るものがなくなり、無防備に晒されたアスラの首を八つ裂きリングが刎ねる、かに見えた一瞬。


「なめるな!」


 アスラがカミソリのように鋭利な氷の輪に噛みつき、肥大化した犬歯によってその動きを止めてしまう。

 憤怒の顔を血まみれにして。


「なめてなどいませんよ。神と戦おうというとき、油断する人間などいるわけがありません」

「そういうことだ」


 ミリアリアの言葉に応えたのはライノスだ。

 アスラの足元からジャンプ一番、驚愕の表情を浮かべるのこり二つの顔の、首の高さで、ぶんと剣が振られる。


 彼の持っているのも、相当な力を持った魔力剣だ。

 太刀筋が青く彩られ。

 着地と同時に、神の頭も床に転がった。


「ばか……な……」


 それが神の眷属が遺した最後の言葉である。


 結局アスラは、とくに見せ場を作ることができなかった。

 俺は額の汗を左腕で拭う。


 ここは道場ではないので、相手の良いところを引き出そうとか、自分を高めようとか、そういう高尚な発想はしない。

 確実に、すこしでも損害を少なく勝つことが、俺たち軍師にとっての至上命題だ。


「母ちゃん!」

「ネルネルぅ」


 ハイタッチを求めてきた娘たち。

 右手はアスカに、左手はサリエリに応じる。


 視線を転じれば、メイシャが両手で大きな丸を作った。

 負傷した者たちも全員生きている、と。


 つまり、


「完全勝利だ!」


 俺が言おうとしたセリフを先取りしてライノスが叫ぶ。アスラの首を高々と掲げながら。


 あらら。

 良いところを持って行かれてしまった。






 戦闘終了後、俺たち『希望』と『固ゆで男』は地上へ戻ることとなった。

 依頼を達成したからである。


 それにまあ、背負い袋がもうぱんぱんだという事情もあったり。

 四十階の金銀財宝と、アスラの持っていた財宝だもの。


「この三鈷剣は、インダーラ国に持って行ってあげたいのぅ」


 ふとサリエリがそんなことを言った。


 アスラが使っていた三振りの剣のことだろう。

 かなり変わった握りの剣で、すくなくとも俺は見たことがない。


「なにかいわれがあるものなのか? サリエリ」

「わかんないけどぉ。遠く異国の地で死んだ神様のもんだからねぇ。むこうの神殿に奉納した方がいいとおもうのよ~ 呪われたり祟られたりしないために~」


 そういう理由かい。

 だが、神というのは祟るものだと聞いたことがある。

 さすがにそれは避けたいところだ。


「それならギルドに報告した後、インダーラとかに行ってみるのもありか」


 ふーむと俺は腕を組む。

 幸いなことに、旅費ならたっぷりあるしな。

 見聞を広げるというのは、やはり冒険者の醍醐味でもある。


「ちなみにぃ。インダーラにはマスルから船で行くんだよぉ。海を越えて~」


「海!」

「船!」

「東方の味!」


 そしてすぐに食いつくアスカ、ミリアリア、メイシャだ。


 まあ、俺も船は楽しみではあるが。

 なにしろ乗ったことがないからな。マスルのリアクターシップ以外。


「ネルダンさんといると、いろんな体験ができるスねぇ」


 空を飛んだり神と戦ったり、つぎは海を越えるのか、と、しみじみと呟くメグだった。



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