第87話 合流


 モンスター配備センターと昇降機を調べ、あることが判った。

 それは、『固ゆで野郎』が四十四階で足止めされている理由である。


「まさか、四十四階層には下へ降りる階段がないとはな」


 俺は腕を組み、しみじみと呟いた。


 なんと、四十一階層から四十四階層まで、まるまる罠なのである。フェイクフロアという。

 どれだけ探しても、四十五階層への階段なんか見つからないのだ。


 四十階層から昇降機で降りるのが唯一無二の正解なのだから。


「そして階段を探してうろついていると、配備センターからどんどんモンスターを送り込む。えげつないですよね」

「ああ。『固ゆで野郎』じゃなかったら全滅もありえただろうな」


 ミリアリアの言葉に頷く。


「とりあえずぅ、モンスターの造成ポップをストップさせるねぇ」


 配備センターの魔導機械をサリエリが操る。危なげもなく。

 本人曰く、操作盤に書いてる説明通りにやってるだけなんだそうだ。

 俺も神代文字が読めるようになりたい。


「画面に映ってる赤い点がぁ、侵入者だねぇ。この場合はハードボイルドぉ」


 サリエリが指さす先を見つめれば、たしかに赤い光点がある。そして、いままであった青い光点は消滅した。

 たぶんそれがモンスターだったんだろう。


「で、これでぇ、彼らに呼びかけれるのぅ」


 棒状のモノを渡された。

 なにこれ?


拡声器マイクだよぉ。エッチな道具じゃないよぉ」

「誰もそんなことおもっとらんわ。これに向かって喋ればいいのか?」

「歌っても良いよぉ」

「『固ゆで野郎』、聞こえるか? 『希望』のライオネルだ」


 バカなことしか言わないサリエリは放置しておいて、俺は拡声器とやらに話しかけた。

 魔王イングラルとやった魔導通信みたいなものなんだろう。きっと。

 それの映像がないやつ。


『ライオネル!? どこから聞こえてるんだ!? この声!』


 かなり驚いた様子のライノスの声がモンスター配備センターに響いた。

 むこうの声も拾えるなら話は早い。


「四十階層にいるんだが、いったんここまで上がってきてくれないか。状況を説明するから」

『簡単に言うなよ。この辺はモンスターもかなり強いんだ』

「ん? モンスターまだいるか?」

『あれ? そういえば見当たらねえな」


 俺はかいつまんでモンスターがいない理由を説明し、四十階層での合流場所を指示する。

 そして彼らが上ってくるまで、宝物の回収タイムだ。


「あんまり欲張って、背負い袋が破れるような量を入れるなよ? みんな」

『はーい』


 まるで引率の教師である。

 当たり前だけど宝物全部は持ち帰れない。六人で分担してなるべく価値の高そうな、そして金に換えるのが容易そうな財宝を持って行くのだ。


 で、持ちきれない分は『固ゆで野郎』に譲る感じ。


 こればっかりは仕方がない。

 俺たちが見つけたんだから、ぜんぶ俺たちのもんだーなんて主張したら、殺し合いになるだけだしね。


 ダンジョンの中で死んだら、殺されたんだか事故死したんだか判らないんだからさ。






『固ゆで野郎』と合流し、総勢二十八名となった俺たちは、無事に先へと進むことができた。

 この人数だと、危機に陥ることはほとんどない。

 それどころか『希望』の出番もあんまりない。


 戦闘は『固ゆで野郎』の前衛職にどーんと任せておいて大丈夫だ。

 ミリアリアとサリエリがちょこちょこと魔法で援護したり、メイシャが回復魔法を飛ばす程度である。

 しかもメグが偵察してくれるから、ほとんどのケースでこちらが先制を取れるのだ。


「お前んとこのメンバー、強力すぎるな」


 とは、『固ゆで野郎』のリーダー、ライノスの言葉である。


「まあな。俺なんか飾りさ」


 娘たちが高く評価されたら悪い気はしない。

 俺はおおいに鼻高々だった。


「ありふれた新人パーティーを、たった一年で超一流に育て上げた男がよく言うぜ」

「あいつらに才能があったんだよ」

「どんなに才能があったって、育て方が悪けりゃ芽なんてでないもんさ」


 ふふんと笑うライノスに、俺は黙ったまま肩をすくめてみせる。

 才能に満ちあふれていたはずのルークを、俺はうまく導けなかった。道を誤らせてしまった。


 なにが名軍師か、と、いつでも心の声が聞こえている。

 責めるように。


「で、名花揃いだけど、どれがお前のコレなんだ?」


 ライノスが右手の小指を立てた。

 下品すぎである。


「なにいってんだよ。お前は。選べるわけがないだろうが」


 呆れながらいった俺の言葉を、なんとライノスが誤解した。


「全員お手つきだと!? 鬼畜かてめーは! うらやまけしからん!」


 大げさに驚いてるし。


「鬼畜なのはライノスの妄想力だ」


 げしっと尻を蹴飛ばしてやった。


 そんな未来がくるのかどうかわからないけど、もし俺が『希望』の誰かと恋仲になったとしたら、その子にはクランを離れてもらうだろう。

 あるいは俺がリーダーを引退するという手もある。

 クランのトップが恋人なり妻なりを特別扱いするというのがまずいからだ。


 俺は悪例を見てきた。

 自分がそうならないという自信はない。


 それに、もう俺がいなくても大丈夫な気もするんだよな。


 お姉さん気質のメイシャがリーダーになり、賢いミリアリアがそれを補佐する。アスカとメグが盛り上げ役で、サリエリがアドバイザーみたいな感じ。

 きっとそれで上手くまわるさ。


 前を歩く娘たちを見ながら、なんとなく将来のことを考える俺だった。


「孫の成長を見守ってる祖母ちゃんって感じだな。ライオネル。かなり控えめにいっても、ドン引きするくらいキモいぞ」


 事実として、俺から二、三歩と距離を取るライノスである。


 やめてよ。

 そういうことするの。

 傷つくでしょ。おもに俺が。


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