閑話 黄昏時の戦い


 先頭を走るペイルライダー二体の青馬たちが、どうと倒れる。

 声にならないいななきを発して。


 カルトロップを踏んだためだ。本来であればアンデッドにダメージを与えられるようなものではないが、メイシャの魔法によって亡霊に対する特効を得ているのだ。

 倒れた騎士に忍び寄り、メグのナイフがとどめを刺してゆく。


 彼女にはペイルライダーと正面から戦うような戦闘技術はないが、隠形して近づき、一撃で倒す暗殺技術をもっているのだ。

 二体のモンスターを倒し、ふたたびすうっとメグの姿が消えた。


 倒された味方など無視して死の騎士が駆ける。

 アンデッドならではの無情と評すべきだろうが、人間の騎士だって突撃のときに落馬した味方にかまったりしない。


 騎士突撃とは、死命を制する一手だからだ。

 絶対に成功させなくては、騎馬隊を使う意味もない。


 そこに立ちはだかるのはアスカとサリエリ。人間の英雄とダークエルフの勇者だ。

 聖剣オラシオンと炎剣エフリートが、ペイルライダーどもを切り裂く。

 一体二体と。


 だが、それでもモンスターの勢いは止まらなかった。

 アスカやサリエリと切り結ぶ味方の横を駆け抜けてゆく。


 目指すは本陣。

 メイシャとミリアリアを守ってライオネルが立っている場所だ。


 こいつを倒す、という意志の元に。

 人ならざる力で、彼が指揮官だと判っているかのように。


「ミリアリア」


 迫り来る死霊の騎士どもに対して、薄紙一枚の動揺も見せることなく右隣に立った少女に声をかける。


「はい! 撃ちます!」


 氷狼の杖から放たれるた火球が、ペイルライダーの目前で炸裂した。

 集団攻撃の魔法としては最もポピュラーなもののひとつ、ファイアボールである。

 広範囲にまき散らされた炎が、死霊騎士どもに襲いかかる。


 怖れるということを知らない彼らだが、さすがにたじろいだ。

 なにしろ火は、アンデッドモンスターにとって最も怖れるもののひとつだから。

 そしてアンデッドに対して、さらに特効のある属性も存在する。


「この地は神前こうまえですわ。等しくこうべを垂れなさい。聖なる領域ホーリーフィールド!」


 メイシャが聖印を握りしめれば、ペイルライダーたちの足元から柔らかく暖かい光があふれ出す。

 結界魔法のひとつだ。


 聖なる結界に閉じ込められたアンデッドたちは、そこから出ることも適わず継続的にダメージを受け続ける。

 ちなみに、近隣の村々に施されている亡者よけの結界は、これの広範囲用劣化版で、ダメージこそ与えることはできないが、アンデッドはけっして中に入れない。


「お眠りなさい。至高神の御腕に抱かれて。鎮魂ターンアンデッド


 さらにメイシャはターンアンデッドを重ねがけする。

 天空から舞い降りる光があまねく亡者たちを照らし、呪われたその肉体を浄化していった。


 ただのプリーストにすぎないメイシャだが、ホーリーフィールドとターンアンデッドを重ねることによって、大司教グランドビショップ並の浄化力を発揮することができる。


「ふぅ……」


 くらりとよろめいた金髪の聖女を、すかさずライオネルが支えた。

 魔力を一度に使いすぎたことで意識を保てなくなったのだ。もともと燃費の悪い彼女だから。


「ほら。ゆっくりなめろ」


 隠しから取り出した飴菓子の包みをとり、メイシャの口に入れてやる。

 半ば無意識の状態で、飴とライオネルの指をしゃぶるメイシャだった。


「手まで食うなよ……ていうか、これも久しぶりだな」


 最近は、メイシャの世話係はメグがもっぱら引き受けていたから。


「ネルママ……」

「休んでいろ。もうすぐ片がつく」


 法衣に包まれたグラマラスな身体を支えながら、ライオネルが戦場に視線を戻す。


 彼が口にしたとおり、戦いは大詰めを迎えていた。

 さすが上位アンデッドだけあって、ファイアボール、ホーリーフィールドとターンアンデッドを受けてなお全滅は免れている。

 といっても、残りはたったの三体だ。


 そしてその背後には、それぞれ二体ずつを倒した、アスカ、サリエリ、メグが接近していた。

 アスカのオラシオンが首を刎ね、サリエリのエフリートが袈裟斬りにし、そして飛びついたメグの、魔力付与されたナイフが胸を貫く。


 ほぼ一瞬で決着がついた。


 撃墜数としては、アスカが三、サリエリが三、メグが三、ミリアリアとメイシャで十四。

 ライオネルはゼロである。


「どんどん俺の出番がなくなっていくな」


 とは、彼自身が笑いながら放った言葉だ。


「軍師のクセにぃ、前に出てた今までがおかしいのぉ」


 サリエリが間の抜けたツッコミを入れる。

 軽く笑い、彼女の頭を一撫でしたライオネルが、アメニ村の方角を指さした。

 日が落ちるまでに村に入ってしまおう、と。


 六人が歩き出す。

 うち一人は、せっせと口に携帯食を運びながら。この娘の燃費の悪さをカバーするため、チームメンバーの背負い袋には余分な食料が常に入っているのだ。


「でもネル母さん。日中に動けるアンデッドもいるんですね」


 ライオネルの横を歩きながら、ミリアリアが訊ねる。


「上位って呼ばれるものに限られるけどな。リッチ、ペイルライダー、ヴァンパイアロード、デュラハン。けど、けっこう弱体化はしてるはず」


 夜の闇こそが彼らの領域だ。

 その意味では、弱っている日中に遭遇したのは運が良い。

 ペイルライダーと夜に戦うのは、かなり控えめにいっても骨が折れるだろうから。


「いや、でも、初日からペイルライダーだもんな。ぜんぜん運が良くないか」


 なにやら唸りながら首を捻るライオネルに、娘たちがくすりと笑った。

 いつも通り、どうでも良い部分を悩んでいるな、と。

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