第71話 聖者メイシャ


 十日ほどかけて五つの村や宿場町をまわり、アンデッドモンスターを浄化してまわった。

 そしてガイリアの街に戻ると、俺たちはちょっとした有名人になったいた。


 俺たちっていうかメイシャだね。

 村々を救い歩いた聖女様、というわけだ。


 まあ仕事でやっただけなんだけどね。なにしろメイシャは見た目が良いから話題性もばっちりなのである。

 金の髪に青い瞳、それに男の目を惹きつけやまないお胸様だもの。


 楚々とした振る舞いなのによく食べるし、気さくで下ネタも嫌悪しないっていう親しみやすさから、もともと下町では人気もあったしね。


 ただ、俺としては変な虫がつかないか、心配で心配で。


 ほんとね。

 街の飲み屋で、気軽に男どものテーブルに遊びに行ったりするのを見てると、ハラハラしちゃうわよ。


 男は狼なんだからね?

 ステーキ食いねえって笑うその顔の裏で、牙を研いでるものなのよ?


「ライオネルさんの場合、恋人を取られないか嫉妬してるんじゃなくて、娘を心配しているお母さんですよね」


 けらけらとジェニファが笑う。

 依頼の終了報告だ。


 すべて滞りなく完了し、村に人的な損害はなし、などと事務的な話をする。

 といっても、経済活動は止まっていないしどの村も日帰り圏内にあるわけだから、とっくの昔に噂は入っていただろうけどね。


 けど、それはそれ。

 報告は大事だし、それ以上に冒険者ギルドの係員と仲良くなる機会ってのが、上手くいったよって報告のときだから。


 こういうときに親しくなっておくと、美味しい依頼とかを優先的に回してもらえるようになるのさ。

 コネクション作りってのをバカにする人も多いけど、処世術だからね。


 自分の立場で考えてみれば良いのさ。手元にすげー美味しい仕事があったとして、あいつ気にくわねぇって奴と、普段から仲良くしている人、どっちに任せる?


 良い仕事が回ってこないなぁとか、ロクな依頼がこないなぁとか思ってるクランは、冒険者ギルドとの付き合い方を考えてみると良いよ。


「お母さんじゃない。せめてお父さんっていえ」

「それはそれで気持ち悪いです。七つしか離れてないじゃないですか。メイシャちゃんと」


「七つ違ったらたいしたもんだぞ? あいつらが祝福を受けたときには、俺はもう冒険者として活躍していたしな」

「はいはい。でも世間じゃ七歳差の夫婦なんて、珍しくもなんともありませんけどね」


 ぐ……。

 なんでそういうこというの? この人は。

 こっちは考えないようにしてるってのに。


「ああそれから、クランハウスの完成、おめでとうございます」


 俺の表情を見てなぜかくすりと笑ったジェニファが、露骨に話題を変えた。


「やっとまともな住環境が整ったよ」


 肩をすくめ、乗らせてもらう。

 あいつらとはさ、あんまり男だとか女だとか考えたくないんだよな。

 仕事に恋愛を持ち込んで破滅した男を、俺は知ってるからね。


「これからはあんまり遊びに行けなくなっちゃいますね。それが残念です」

「まあな。小屋だったときは癒着だなんて思う奴はいなかっただろうけど」


『希望』も有名になった。

 ギルドの係員が特定のクランだけをひいき・・・しているって思われるのはまずいから、クランハウスに遊びに行くってのはあまり推奨されない。

 痛くもない腹を探られることになるからね。


 小屋暮らしだったころはさ、むしろ多少ひいきしてやらないと可哀想だろう、って思われていたくらいだけど。


「それに、俺たちの方もすぐに忙しくなるだろうし」

「……また戦ですか?」

「そうならなければ良い、と思ってるよ」

「ほんとですよね……」


 やや暗い顔になるジェニファだった。






 予想していたとおり、一両日のうちにドロス伯爵からの使者がクランハウスにやってきた。

 俺とメイシャに参内して欲しい、とね。


「わたくしにまで、いったいなんのご用でしょう?」


 使者が帰った後、メイシャが首をかしげる。

 彼女はこれまで軍議に参加したこともないし、そもそもドロス伯爵から声をかけられたこともない。

 呼ばれる理由がわからないのだ。


 もちろん使者に訊ねても無意味ね。彼は言伝を持ってきただけで、質問に答える権限は与えられていないから。


「アスカのときと一緒だよ。政治的に利用しようって腹だね」

「プリーストに利用価値なんてありますかしら?」


 今度は反対方向に首を傾けたりして。

 どこの首振り人形だよ。おまえさんは。


 たしかにプリーストというのは扱いづらいのだ。

 政治的に考えた場合、後ろに宗教勢力がいるってのはものすごく嫌だしね。メイシャの場合は至高神教会。この大陸では広く信仰されていて信徒の数も多く、教会の勢力も強い。


 下手に抱き込んでしまうと、政治に対しても教会が口を出してくるわけだ。

 ドロス伯爵としてはぜひ避けたいところだろう。


「ようするに、プリーストのメイシャじゃなくて、『希望』のメイシャに用があるってことさ」


 俺は肩をすくめてみせる。

 近隣の村々を救ったのは『希望』の聖女メイシャ。そういう看板を利用したいって話だろうな。

 ということは、そこから演繹的に推理すれば、いまのリントライト王国の情勢ってやつも見えてくるわけだ。


「つまり、群雄割拠の……」

「わたくしには難しいことはわからないのですけれど」


 俺の言葉を遮って、腕にメイシャが絡みついてくる。

 豊かな胸が押しつけられ、少しドキッとしてしまう。ジェニファの奴が余計なことを言ったせいだ。


「何があってもネルママが守ってくれるのでしょう?」

「ああ。もちろんだ」

「それで充分ですわ」


 輝くような笑みを浮かべるのであった。

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