第70話 ペイルライダー
ガイリアと周辺都市を結ぶ乗合馬車は、アスピム平原会戦の翌々日には運行を再開している。
それもそのはずで、ガイリアの街そのものは生産よりも消費に大きく傾いているのだ。
近隣の町や村から行商にくる農民や猟師が途絶えちゃったら、たぶん十日とまたずに飢餓が発生するだろう。
もちろんガイリアから近隣の町や村へと物資を運ぶ商人などがストップした場合も、深刻な物資不足が発生してしまうんだ。
つまり、ガイリアの街と周辺の衛星都市は持ちつ持たれつの関係で、長い間切り離しておくことはできない。
「それで物流の復旧を急ぐ余り、死者の弔いが疎かになって亡者が現れるようになった。その亡者が村々にちょっかいをかけている。なんとも皮肉な話ですよね」
座席でミリアリアが肩をすくめる。
たまたまアメニ行きの乗合を見つけることができたので、即日のうちに向かうことにしたのだ。
時間をかけたからって事態は好転しないからね。
「生きてる人間が優先されるのは仕方がないさ。死者への気遣いだって、生きてなきゃできないからな」
「ネル母さんは相変わらず散文的ですね」
「韻文的な軍師よりはマシだと思うぞ」
戦いにロマンを求めたり、敗北に陶酔したり、あるいは散る者こそが美しいとか、謎の美学を振りかざしたり。
そんな軍師が作戦を立てたら、たぶんどんな戦いにも勝てないだろう。
「そりゃそうですけど……」
ぶちぶちと文句を言うミリアリアであった。
期待に添えず申す訳ありませんね。
「……まずいですわ」
不意にメイシャが口を開いた。
やや青ざめた顔で。
「どうした? 腹がへったのか?」
「いいえ」
「判った。みんな、戦闘準備だ」
メイシャが軽口を返さないということは、かなり事態は逼迫していると考えて良い。
「メグ。全方位を警戒してくれ」
「判ったス」
そういって木窓を開けたスカウトはすぐに顔を引っ込めた。
「警戒するまでもないス。うしろから
「まじか。上位アンデッドかよ」
ペイルライダーというのは、青ざめた乗り手とも呼ばれる亡霊の一種で、生きとし生けるものの命を刈り、冥界へと連れて行こうとするアンデッドモンスターだ。
「非戦闘員は座席にしっかり掴まってくれ。御者さん! アメニまで全速力だ!!」
大きな声で指示を出しておく。
村にさえ入ってしまえば、ひとまず安心だ。
結界に阻まれてアンデッドは入れない。
馬車の揺れが大きくなる。
俺は後部の扉を開け、敵を目視で確認した。
真っ青な馬に乗り、ぼろをまとったガイコツの騎士が二十名、猛然と迫ってくる。
いくらこちらが全速力で逃げていても、馬車と騎馬では速度が違う。
遠からず追いつかれてしまうだろう。
「ミリアリア! アメニまでどれくらいだ! 時間的距離で言ってくれ!」
「このスピードなら四半刻(三十分)くらいです!」
緊迫感に満ちた声が返ってくる。
それでは到底ふりきれない。
「迎撃するぞ!」
一度、馬車を停めてもらわなくてはいけないが。
この速度で疾走する馬車から飛び降りたら、下手したら骨折くらいしちゃうからね。
ちょっと失敗したな。
先に俺たちが降りてから、全力で逃げてもらえば良かった。
せっかく馬車がスピードに乗ったのに。
わざわざ停めたら、馬たちへの負担だって大きい。
「大丈夫ぅ。うちのまわりにあつまってぇ」
どんなピンチでも緊張感のない顔を崩さないサリエリが、くいくいと手招きする。
「
見たこともない魔法で、俺たちの身体は床からほんの少し浮いた。
これで、飛び降りても大丈夫ってことなのかな。
疑問に思っている時間はない。
客たちに迎撃する旨を伝え、俺たちは後部扉から空中に身を躍らせた。
地面に降り立つと、ごくわずかに身体が引っ張られたように感じた。
なんとも面白い現象である。
空中に飛び出した俺たちなんだけど、なぜかそのまま着地はせず、馬車の進行方向に少しだけ飛んだのだ。
「動いているものはぁ、動き続けようとするしぃ。止まってるものはぁ、止まり続けようとするんだよぉ」
とは、サリエリの謎解説である。
どういう理屈なのか、さっぱり判らないところが彼女らしいよね。
しかも、のんびりと聞いている場合でもない。
ペイルライターたちの姿は、もうはっきりと確認できるまで近づいている。
接敵は時間の問題だ。
「前衛! アスカ! サリエリ!」
「うん!」
「りょ~」
元気な声と間抜けな声が返ってくる。
りょーってなんだよ。りょーって。
「後衛はメイシャとミリアリア。メグは遊撃の位置について前衛の支援を頼む」
「了解ですわ」
「判りました」
「任せるス」
すぐにメイシャが、メグのナイフと
これで、彼女もペイルライターにダメージを与えることができるのだ。
といっても、メグの膂力で切り結ぶことはできないからね。
隠形して近寄り、背後からぶすりって戦い方になってしまうけど。
前衛の二人は最初から
矢継ぎ早に指示を飛ばし、それぞれが準備を終えるころには、もうペイルライダーは指呼の間だ。
俺は、鞘から抜き放った焔断を頭上に掲げ、
「戦闘開始!」
振り下ろした。
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