第68話 戦勝式典


 崩れる。崩れる。崩れていく。

 波にさらわれる砂の城のように、王国軍の兵士たちが逃げ始める。


 大将たるゴザックが討ち取られたから。

 アスカの戦果は瞬く間に戦場全体に伝播し、完全に勝敗を決定づけたのだ。

 各所で降伏をすすめる声や、それに応じる声も聞こえる。


「味方もぉ、ようやくぅ、降伏勧告する余裕ができたってことだねぃ」


 背後からサリエリの声がきこえ、驚いて俺は振り返った。

 あいかわらす、にまぁとしまりのない笑顔が向けられている。

 武器を失った俺を守っていてくれたのか。


「さんきゅ」

「どぉいたしましてぇ」


 こういう気遣いができるのって、さすがは大人である。見た目はアレだけどね。

 俺もかくありたい。


「ネル母ちゃん!」


 と、そこにアスカが駆け寄ってきた。

 二振りの剣を持って。ひとつは俺のオラシオン、もうひとつはゴザックが持っていた剣だろう。

 彼を打ち倒したのはアスカなので、所有権はもう彼女に移っているのだ。


 それは良いんだけど、はい、とその剣を差し出された俺はどうすればいんだ? いったい。


「ていうか、オラシオンを返してくれるんじゃないのか」

「ええ!? これわたしにくれたんじゃないの!?」

「だれもやるとは……いやまあ、いいんだけどよ」


 アスカブレードを失ってしまったし、彼女のほどの剣士が、そこらへんの無銘剣を使うってわけにもいかないし。


 俺は腰の剣帯から鞘を外し、アスカに渡してやった。

 ゴザックの剣を受け取りながら。

 これはこれですごい業物っぼいぞ。


 片刃で、やや反りがあり、なんだか炎みたいに波打った刃紋がある。


「東方ランズフェロー王国の魔剣だねぃ。カタナともいうんだよぅ」


 サリエリが説明してくれるが、聞いたこともない国だな。


「鍔の上のところにぃ、文字が刻まれているでしょ~」

「文字なのか? これ」


 よく判らない文様だ。


焔断ほむらだちってかいてるのん。そのカタナの名前だよぉ」


 つーか読めるのか。

 さすがマスル王国の特殊部隊の隊員だよ。


 炎をも断ち切る剣って意味らしい。よくわからんが、すごい魔力剣なんだろう。

 アスカブレードを叩き折っちゃうくらいだし。


「本当に良いのか? アスカ。けっこうすごい剣みたいだぞ?」

「いい! 恋人の助けになってって祈りを込めた聖剣の方が、ずっと格好いいし!」


 格好いいてあんた。

 武器を選ぶ基準ってそこじゃないじゃん。

 強いとか、手に馴染むとか、そういうので選ばんとあかんよ?


「むふふー! そして母ちゃんがわたしのピンチに渡してくれたのだー!」


 どーんと両手に持って頭上にかざす。

 新しい剣を手に入れるたびに、その儀式をやらないといけないのか?

 どうでもいいけど。






 二万の王国軍は、じつにその六割を失った。

 ざっと一万二千名の戦死者である。

 大損害であり、再建の苦労がしのばれるっていうか、そもそも再建できるのかこれってレベルだ。


 対するガイリア・マスル連合軍の死者は一千五百名余り。こちらもけっして小さい数字ではない。


 大会戦だったってことだ。

 リントライト王国は国運を賭けて、ガイリアは存亡を賭けて戦った。どちらも譲ることはできなかった。

 それだけの話である。


「『希望』クランのアスカよ! 汝こそ真の勇者である!」


 ドロス伯爵が声を張り上げ、民衆が歓声を上げた。

 アスカ! アスカ! と、名前が連呼される。


 ガイリアの街の大通り、戦勝式典の真っ最中だ。

 お城でやらなかったのには、もちろん政治的な意味がある。民の命と財産を守るための防衛戦争ってのを強く印象づけるためである。


 だからドロス伯爵もカイトス将軍も、名もなき一兵士さえも、同志であって主従ではない。

 城の大広間でえらそうに褒美を渡すんじゃなくて、みんな大地の上に立って、互角の立場で称揚する。


「違うよ! ピンチにオラシオンを投げてくれたライオネル! ライオネルに剣をあげた伯爵! みんなの力があったから勝てたんだ!」


 アスカが元気に応える。

 まあ、これもまたお城でやらない理由の一つだよね。


 貴人に対する礼法なんてアスカはまったく知らないもの。格式張った席なんて、ただ恥を掻くだけだ。

 第一功労者に恥を掻かせるなんて絶対にできないわけで、じゃあどうするかっていうと、喋らせないでずっと跪かせておくとか、そういうやりかたしかない。

 受け答えは全部俺がやって感じでね。


 けど、さすがにそれは筋が違うし、『希望』ってクランは団員の功績を団長が横取りするんだって思われてしまうのもまずい。

 なので、フランクに、どこまでも同格の仲間として、褒め称える運びになった。


 こういう局面ならアスカも必要以上に緊張せず、いつも通り快活に振る舞えるからね。

 俺からアドバイスしたしたのは一つだけ、母ちゃんって呼んじゃダメだぞってことくらいだよ。


「さあ皆の衆! ガイリアの新たな英雄、剣士アスカだ!」


 歩み寄ったドロス伯爵が、赤毛の少女の手をとり高々と振り上げた。

 歓声が爆発する。

 詰めかけた人が、家の窓から覗く人が、口々にアスカの名を叫ぶ。


「若いの。あの娘を政治の道具にされぬように気をつけろよ」


 俺の横に立っているカイトス将軍が言った。

 視線は前方に注がれたまま、手は拍手を続けながら。

 俺にだけやっと聞こえる声で。


「判ってます。将軍」


 英雄として担がれ、やがて邪魔になって消される。

 そんなストーリはアスカに似合わない。

 もしドロス伯爵が彼女を政治的に利用しようとするなら、それなりの対応をとらせてもらう。


 内心で決意をかためながら、愛嬌を振りまいているアスカを見つめていた。


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