第67話 英雄アスカ


 王国軍の本隊は、なお三千近くの兵力を有している。

 が、もうそんな数字に意味はない。


 一千名ずつの五部隊が四方八方から襲いかかり、防御陣を縦横に咬み裂いているからだ。

 あたかも、大型獣に群がる猟犬ハウンドのように。


 作戦名は「ハウンド」。そのまんまである。

 じつはこれ苦肉の策だったりもするんだけどね。

 傭兵や冒険者、義勇兵によって編成された予備兵力の五千は、大略に立った作戦行動なんて取れないから。


 それでカイトス将軍は、千人程度なら指揮できるって人間を選び出し、五つの部隊を作った。

 それぞれの隊長には、自分の部隊のことだけ考えろって。連携とか、戦全体のこととか、難しいことを考える必要はないって命令してね。


 五つの隊が巧みに突撃と後退を繰り返し、猛犬に咬み裂かれるように王国軍本隊が身もだえる。

 もはや全滅は時間の問題だ。


 総指揮をとっている人間さえ倒せば、王国軍兵士たちは降伏するか逃亡するかするだろう。

 と、俺たちが三回目の突撃を敢行したときである。


 ひときわ立派な房飾りついた兜をかぶった騎士が目の前に現れた。

 たぶん指揮官だ。

 ぎろりと血走った目が動き、一瞬だけ俺の視線と交錯する。


「やばい。目が合っちまった」


 案の定、乗騎に拍車をくれて突進してくるし。

 こなくて良いのになぁ。


「らっき! 大将首だ!」


 ほら、すぐに好戦的な人が飛び出しちゃうんだから。


「ちょこざいな小娘め! 我の前に立つか!」

「アスカだよ! 大将っぽい人!」

「我は王国軍総大将、ゴザックだ。死ぬまでの短い間、憶えておけぃ!」


 ぶんと槍が突き出される。


「速! やるう!」


 にやっと笑いながら、アスカがすれ違う。

 カンカンカン、と、はじく音が三回聞こえた。


 まじかよ。

 俺の目には一撃にしか見えなかったぞ。


 そして、どうと馬が倒れた。

 転倒に巻き込まれることなく跳んだゴザックが、危なげなく地面に降り立つ。


「我の攻撃をすべて防いだ上に一撃を繰り出すとはな。なかなかやる」

「馬の上から好きなように攻撃されたら、つまんないからね!」


 踏み込みは同時。

 ゴザックの槍は、まるで生き物のようにうねり、あり得ない方向から襲いかかってくる。

 何度も何度も。


 それをアスカは紙一重で回避しながら、隙を突いて反撃するのだ。

 なにこのバケモノたち。

 端で見ていて太刀筋が見えないんだけど。


 なんでそんな攻撃を出せるの? そしてなんでそんな死角から伸びてくる攻撃を避けられるの?

 ここ最近の実戦経験で、アスカの技倆がとんでもなくレベルアップしてるよ。


 槍と剣では前者が有利だ。

 間合いが長いからね。

 でも、懐に入られてしまうと、槍はその長さが足かせになる。


 ぐんと踏み込んだアスカのロングソードが一閃すると、ゴザックの槍が半ばから断ち斬られた。


「ち」


 だが舌打ちをしてさがったのは、アスカの方である。

 彼女の手には半分ほどの長さになったアスカブレード。そしてゴザックの手には長剣があった。


 ええっと、つまり、こういうことか?

 アスカが槍の柄を斬った。やったって思ったその一瞬の隙にゴザックは剣を抜いて斬りかかった。

 むしろわざと槍を斬らせて隙を作ったとかかな。


 それをアスカはギリギリのところで受けた。

 負荷に耐えきれずに剣が折れちゃった、と。


 うん。

 まったく見えなかったんで、想像するしかないけどね。


「ここまでのようだな。小娘……いや、剣客アスカよ」


 ゴザックは慎重に間合いを詰める。

 勝ちを確信して慢心の大振りとかしないのが、また小憎らしいね。


 マジックアイテムのアスカブレードを折っちゃうんだから、ゴザックが持っているあれも、当然のようにマジックアイテムなんだろうなぁ。

 となると、アスカとしてはそのへんに倒れてる死体の剣を拾って戦うってわけにもいかない。


 それなら!


「アスカ! つかえ!」


 祈りの剣オラシオンを投げ渡す。


「させるかぁ!」

「させないのはこっち!」


 踏み込んできたゴザックにアスカブレードの破片を投げつけ、はじかれた一瞬で、彼女はオラシオンを構えていた。


「よし! ネル母ちゃんの剣だ! 勇気百倍!」


 俄然元気になったアスカが斬りかかっていく。


 槍の扱いに比べると、ゴザックは剣が得手ではないようだった。

 もちろん並の強さではない。でも、槍なら超一流だけど剣は一流、みたいな感じ。

 アスカの攻勢に、徐々に追い込まれてはじめる。


 そしてそれ以上に俺がやばい。

 思わず武器を渡してしまった。

 いきなり丸腰である。


 こういうのを見逃してくれるほど王国軍って甘くないんだよなぁ。

 次々に襲いかかってくる剣や槍をなんとか避けながら、自ら地面に身を投げて、一転しながらおちていた剣を拾った。


 選んでる余裕なんかないから、近くに落ちてたやつである。


「刃こぼれだらけだけど無手よりはマシ!」


 ふたたび攻勢に転じたとき、アスカたちの戦いも決着がつこうとしていた。


「せぇぇいっ!」


 ゴザックの踏み込みながらの突き込みが、アスカの赤毛を二、三本切り飛ばす。


「はっ!」


 ギリギリの、本当にギリギリ回避から、伸びきったゴザックの身体をオラシオンが逆袈裟に斬り上げた。


「み……ごと……」


 がくりと膝をつくゴザック。


「もし戦ったのが先月だったら、勝ったのはわたしじゃなかったよ」


 敵将の首に刃先をあて、アスカがつぶやいた。


「御免!」


 そして一息に切り裂く。

 無用の苦しみを与えないために。

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